不気味な住人
これは、以前住んでいた団地でのこと。
私は2階に住んでいたので、毎日階段を利用していました。
大きな団地だったこともあり、さまざまな住人とすれ違うのですが、ある日から見たことのない人物を見かけるように。
その人物は、いつも全身真っ黒の服を着ていました。
私が「こんにちは」と挨拶をしても返事はなく、顔は常に俯いたまま。
その陰気な雰囲気に、気味の悪さを感じていたのも正直なところですが、団地住まいは近所付き合いも大切です。
愛想を悪くしてトラブルを招いてしまってはいけません。返事がないことをわかりつつ、私はいつもその人物に一方的に挨拶をしていました。
「こんにちは」
その日も、すれ違い様に挨拶の言葉を投げかけました。
当然返事はありませんが、いつものことです。
……そういえば、この人は何階に住んでいるのだろうか。
いつも2階より上に登っていくところしか見かけたことがありませんでしたが、この団地は5階建て。
なんとなく気になった私は、その人物を後ろからこっそりと追いかけました。
「こんにちは」
「あら、珍しいわね、この階に来るなんて」
追いかけている途中、たまたま階段にいた3階の住人に声をかけられました。
この住人はおしゃべり好きで、そのときも一言二言では終わらず、しばらく足止めを食らうことに。
そうこうしているうちに、追いかけていたあの人物のことはすっかり見失ってしまいました。
まあ仕方ないかと、一通り話を終えて2階へ戻ろうとすると……
「……え?」
なんと、先ほど見失った人物が、再び1階から登ってきたのです。
「どういうこと……?」とわけがわからず、私はその場に立ち尽くしました。
そして、そんな私の横を通るときその人物は……
「こんにちは」
血だらけの真っ赤な顔で、私に挨拶をしてきました。
私の見ていた人物は……
あとから聞いた話ですが、この団地では以前、5階から人が転落して亡くなっていたのだそう。
なにか事件性があるものではなく、不慮の事故によるものだったようで、あまり公にはされなかったのでした。
しかし事故直後の段階では、転落した住人の命には別条がなかったとのこと。
入院もそこそこに団地での生活を再開しましたが、数日後に容体が急変し、帰らぬ人となったのだといいます。
私が見ていた人物は、かつて亡くなった5階の住人だったのでしょうか……。
住人は自分が亡くなったことにいまだ気が付かず、今でもこの団地で生活を続けているのかもしれません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。