音楽の流れる校舎
これは、私が教育実習生だった頃の話です。
小学校教諭を目指していた私は、T県にある小学校で約一か月間お世話になることとなりました。
しかし、実習が迫ったある日の夕方、受け入れ校へ事前訪問に伺うと、私は異様な光景を目の当たりにします。
廊下に設置されたスピーカーから、大音量でクラシック音楽が流れていたのです。
会話もままならないようなその音量に、私は思わず指導教諭のA先生に「いつも音楽が流れているんですか?」と尋ねました。
「ああ、これが流れているのは生徒が下校した後だけだから」
音楽にかき消されないよう、大きな声で話すA先生。
「それより、万が一この音楽が途切れたら、絶対に後ろを振り返ってはだめよ。たぶん、あなたがいる時間帯は大丈夫だと思うけど……」
曖昧な言い方に、私は無性に不安を感じました。
この学校には、なにか秘密がある。そんな嫌な予感がしたのです。
忘れ物
しかし、私の不安とは裏腹に、教育実習は何事もなく進みました。
夕方、廊下に流れる音楽も、慣れてしまえばどうということはありません。
そして、実習も3週目を迎えたある日、私はついに一人で教壇に立つことになりました。
四苦八苦しながら初めての授業を終え、職員室でA先生からアドバイスを貰います。
今後の参考のためにとメモを取ろうとしたとき、私は授業をした4年生の教室にうっかり筆記用具を忘れてきてしまったことに気が付きました。
職員室で退勤の挨拶をして、忘れ物を取りに2階の教室へと向かいます。
ふと窓の外に目をやると、黒い雲が影を作り、いまにも雨が降り出しそうでした。
普段よりも数段暗い校内に響く、私の足音。
“ズズ……ズズ……”
背後からなにか重たいものを引きずるような音が聞こえて、ハッとしました。
この時間には流れているはずの廊下の音楽が聞こえないのです。
振り返ってはいけない
A先生の言葉が脳裏をよぎります。
「絶対に後ろを振り返ってはいけない……」
今すぐ人のいるところに逃げたいけれど、職員室があるのは逆方向。
私は決して振り返らないことを心に決め、前を見据えました。
「先生ぇ、先生ぇ、転んじゃったのぉ」
低学年のように思える女の子の涙ぐんだ声が聞こえます。
「えっ?」
先ほどの決意はどこへやら。
つい、後ろを振り向こうとした私の視界に、数本の真っ黒に汚れた腕が映りました。
肌が粟立ち、思わず悲鳴をあげそうになりますが、必死に平静を装います。
「先生ぇ……」
背中に小さな手が触れました。
反応してはいけない、視線は前方に固定。
「残念、もう少しだったのに」
幼い女の子の声に混じって、中年男性の低い声が耳元に響きました。
気が付くと、廊下には聞きなれたクラシック音楽が流れています。
私の上着には、とても子供のものとは思えない大きな黒い手形が残されていました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。