山奥のトンネル
趣味のツーリング中、とあるトンネルに差し掛かりました。
季節は初夏。
先ほどまでの炎天下とは打って変わった涼しさに、つい自転車を止めてしまいます。
汗が引くまで少し休憩しようと、自転車に跨りながらタオルで汗をぬぐっていました。
すると……
「ん……?」
トンネルの中、そのもう少し先に、犬をリードで繋いで歩いている人の姿が見えました。
その人物はこちらに向かって歩いてきているようです。
ここらは民家もなく、たまに車だけが通るような山奥。
ちょっとした犬の散歩で歩くような場所ではないのですが、「ツーリングに来ている自分が思うのも変だな」と思い、とくに気にせず休憩を続けていました。
まさかの人間……
その人物との距離は程遠く、最初はその姿がよく見えませんでした。
しかし徐々にその距離が狭まり、なんとなくぼんやりと見えるようになると……
「……えっ?」
犬だと思っていたその生き物は、どう見ても人間だったのです。
あまりのことに唖然とし、その場に固まってしまう私。
ですが、「これは関わってはいけない」と察すると急いで自転車に座り直し、来た道を戻ろうとしました。すると……
「わん!わん!わん!わん!わん!わん!」
犬のような鳴き声を模した、明らかな人間の声。
それが後ろから威嚇のように私を責め立ててくるのです。
“ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!ザッ!”
さらに、物凄い勢いで追いかけてくる音がしました。
逃げても
後ろを振り返る余裕もなく、私は無我夢中で自転車を漕ぎ続けます。
追いかけられている気配はしばらく続きましたが、5分ほど走らせるとその気配も消えていました。
私は飛び出しそうな心臓を押さえながら、その場にへたり込みます。
先ほどの光景は、なんだったのでしょう。
犬と思った生き物は、どう見ても人間。しかし、おおよそ人間とは思えないほどの速さで、四つん這いで追いかけてきたのです。
「こんな山は早く下らなきゃ」そう思い、再び自転車に跨り直すと……
「わん」
すぐ真後ろから、あの“鳴き声”が。
それからは山を下り切るまで一度もブレーキを踏まず、死にそうな思いで自転車を漕ぎ続けました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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