事故物件
僕は過去に一度だけ、事故物件に住んだことがあります。
皆さんは「どうしてそんなところを選ぶのか?」と不思議に思うかもしれませんが、やはり家賃が相場より安く、僕自身まだ若かったのが理由ですかね。
その部屋があったのは、K県の県庁所在地である○○市。
10年ほど前に若い女性が自殺したそうですが、事件のあと、4人の方が既に入居されていました。
10年で4人……、僕の感覚ではそれほど頻繁に入退居が繰り返されているという印象はなく、もちろん部屋には人が亡くなったことを彷彿とさせるような痕跡はありません。
だから「まあ、大丈夫だろう」と、たかをくくっていたのです。
浴室から聞こえる音
異変が起きたのは、入居して1週間が経った頃でした。
誰もいないはずの浴室から、ゴボッゴボッと排水溝に水が流れていくような音が聞こえたのです。
僕はそっと浴室を覗きますが、当然そこに人の姿はありません。
「雨が降ってるからかな……」
その仮説は当たっていたのか、その後も雨の降る日には、時折暗い排水溝の奥から不気味な音が聞こえてきました。
暗転
ある大雨の夜のこと。
お風呂にお湯が溜まるのを待ちながら、僕はビーズクッションに背を預けてスマートフォンの画面を見つめていました。
そろそろいい塩梅だろうか、浴槽を確認しに行こうと立ち上がったとき。
“パチン”
スイッチが切れたような小さな音が聞こえ、突然視界が闇に包まれました。
「うお……、停電か……?」
慌ててスマホのライト機能をONにします。
足元に気を付けながら窓に近づき、カーテンを開けてみると街の明かりは灯ったまま。
どうやら電気が止まっているのはこの部屋だけのようです。
「参ったな……」
ひとりごとを溢しながら、僕はそろりそろりとブレーカーがある洗面所へと向かいました。
闇の中の声
真っ暗な洗面所に足を踏み入れてすぐ、僕はおかしなことに気が付きました。
「〜〜〜、〜〜〜……」
お湯が流れる音に紛れて、女性のか細い声が聞こえてくるのです。
それは、停電のことなど忘れてしまうほどの異常事態でした。
雨が降る静かな夜だから、隣人の話し声が聞こえてくるのかもしれない。
頼む、そうであってくれ……。
僕は震える手で浴室のドアを開け、スマートフォンを明かりを浴室内に向けます。
「ヒッ……!!」
浴槽の水面に浮かんだ、黒色と肌色が入り混じるナニか。
それは、水の流れに合わせてゆらゆらと形を変えていきます。
僕は、ゆっくりと明かりを頭上に向けました。
白い天井に、まあるく生えた女の顔。
『死にたい、死にたい、死にたい……』
「あ、あ……ウワアア!!!」
尻餅をついた僕はそのまま這うようにして部屋の外に逃げ、近所のカラオケボックスで夜を明かしたのです。
……やはり、あの浴室の女は自殺したという女性だったのでしょうか。
あの光景を思い出す度、僕は寒気に襲われると同時に、10年経っても自分が死んでいることに気づけていない彼女に対して同情の気持ちが湧いてくるのです。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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