深夜の廃トンネル
大学のゼミ仲間で行った肝試し。
地元で“出る”と噂される廃トンネルに向かったのは、深夜0時をまわった頃だった。
地図にも載っていない旧道の奥。
木々に埋もれるようにぽっかりと口を開けたそのトンネルは、思った以上に湿っていて、冷たく、淀んだ空気が漂っていた。
「5分で戻ってこいよ」
「足元、ちゃんと照らせよ」
背中越しに飛んでくる声に手を振り、私はスマホのライトを頼りに、ひとりで中へと進む。
中は、しんと静まり返っている。
壁に広がる苔、天井から落ちる水滴、どこか重たくよどんだ空気……。
すべてが、時の止まったような匂いを放っていた。
響く足音と、ひんやりした指
進むにつれて、足元の砂利がやけに大きな音を立てているように感じた。
頼れるのは手元のライトだけ。
周囲はすべて闇に包まれていた。
このトンネルは、短いはずだった。
数分も歩けば向こう側の出口が見えると聞いていた。
しかし——
いくら歩いても、前にも後ろにも明かりは見えない。
戻ろうと振り返っても、闇が飲み込むように背後を閉ざしていた。
おかしい。
そう思って足を止めたとき、「コツ、コツ」と靴音のようなものが響いた。
自分ではない、誰かの足音が、確かにこちらへ向かってくる。
「……誰?」
自分の声が、異様に反響して返ってくる。
その直後、スマホを持っていない左手に、冷たく細い指が絡みついた。
心臓が跳ね上がる。
おそるおそる左肩越しに視線を向けると、そこにはゼミ仲間のユキコがいた。
「やだ、死ぬかと思った。こんな場所でふざけないでよ!」
彼女は笑っていた。
口を開いてはいるが、何も話さない。
そのまま私の手を引き、出口の方へ歩き出す。
数歩進んだとき、ふと気づいた。
あれ?ユキコ?
ーー今日、ユキコはこの場に来ていない。
追いかけてくる声、「あと少しだったのに」
背筋が凍り、私は反射的にユキコの手を振り払った。
そして、もと来た道を全力で引き返した。
スマホのライトは、なぜか突然消えていた。
前も後ろもわからない。
それでも走るしかなかった。
後ろから、「あと少しだったのに」
誰かの声が、壊れた機械のように何度も繰り返し響く。
振り返ってはいけない
——反射的にそう思った。
あんなに短いはずのトンネルが、永遠に続くかのようだった。
息が切れ、足がもつれそうになった頃、ようやく遠くに車のライトが見えた。
「おい! 30分も何してたんだよ!」
入り口から、仲間たちの声が聞こえてくる。
あぁ、よかった。
私は戻ってきた。
自分の感覚では5分ほどだったのに、実際には30分も経っていたという。
もし、あのまま出口まで行っていたら——
私はいまここに、いなかったかもしれない。
それ以来、私はどんなトンネルも、徒歩で通れなくなった。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆斎 透(さい とおる)
noteにて短編小説を執筆中の、犬と暮らすアラサー女子です。
やるせない夜にそっと寄り添うような文章をお届けしています。
幼い頃から、オカルト好きな母と叔母の影響で、不思議な話に夢中に。
「誰でも一つは、背中がひんやりする話を持っている」をモットーに、
ゾッとするけど、どこか温度のある物語を綴っています。
美容やキラキラした話題に疲れた夜、よければ一編、覗いてみてくださいね。
●note:https://note.com/sai_to_ru
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