最後のひとり
百貨店で働く私は、残業で遅くなることが多い。
夜、閉店後にバックヤードの更衣室で着替えて退勤するのが日課だ。
更衣室には何列ものロッカーが並び、いろんな店舗の従業員が合同で使っている。
いつも「今日は自分が最後かな」と思うと、なぜか奥のロッカーで着替える人影がある。
「お疲れ様です」と声をかけると、必ず「お疲れ様です」と返ってくる。
顔は見ない。けれど、確かに“誰か”がいる。
遅くまで働く店舗がほかにもあるのだろう、と最初は気にしていなかった。
誰もいない更衣室
退勤時、セキュリティゲートを通るときに警備員に
「まだ一人いましたよ」と何気なく言ったことがある。
だが警備員は首を振り、「最後はあなた一人です。センサーの記録もそうなっていますよ」と答えた。不思議に思いつつも、社員証の記録が間違うはずもないと納得し、帰路についた。
しかし、その夜を境に違和感は強まっていった。
数日後、黙って着替えていると、先に「お疲れ様です」と声をかけられた。
こちらは一言も発していないのに。
物音ひとつしない更衣室で、誰もいないはずの方向から声がする。
恐怖で震えながら「お疲れ様です」と返し、急いで退勤すると、また警備員に「最後の一人ですね」と言われた。
──じゃあ、あの返事をしたのは誰だったのか?
ドア越しに
ある夜、退勤前に更衣室横のトイレに立ち寄った。
個室にいると、コン、コン、コン──とノックの音。
「一緒に帰りましょう」
あの声だった。更衣室で返事をしてきた、抑揚のない声。
心臓が凍りつき、返事もできずに息を潜めた。
意を決して出ると、廊下には誰もいない。だが、ドアの前に“何か”が立っていた気配は確かに残っていた。
震える手で着替えを済ませ、走るように出口へ向かう。
警備員が驚いた顔で「どうしたんですか? 顔、真っ青ですよ」と声をかけてきた。
振り返ると、更衣室のドアから、長い髪の影が、ゆっくりと首を傾けてこちらを覗いていた。
それ以来、夜のシフトは断っている。
最後に残る更衣室には、必ず“もう一人”が待っているのだから。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆斎 透(さい とおる)
noteにて短編小説を執筆中の、犬と暮らすアラサー女子です。
やるせない夜にそっと寄り添うような文章をお届けしています。
幼い頃から、オカルト好きな母と叔母の影響で、不思議な話に夢中に。
「誰でも一つは、背中がひんやりする話を持っている」をモットーに、
ゾッとするけど、どこか温度のある物語を綴っています。
美容やキラキラした話題に疲れた夜、よければ一編、覗いてみてくださいね。
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