交差点の違和感
私がソレに気が付いたのは、転職して初めての出勤を迎えた朝のことでした。
次は職場の人間関係に悩まされないと良いけれど……。
会社の最寄り駅に到着した私は、そんなことを考えながらスマートフォンの地図アプリを立ち上げます。
表示された矢印に沿って数分歩くと、目の前には赤信号の交差点。
スーツを身にまとった集団の中に埋もれながら、私はちらりと腕時計を確認しました。
まだ時間は余裕だな。
ふうっと小さく息を吐き、肩の緊張をほぐします。
信号が青にかわり、バラバラと動き出した人の波。
「ん……?」
歩き出した視線の先に、私は違和感を覚えました。
スーツ姿の男性の肩に手を置き、ぴったりと寄り添うミニスカートの女の姿が目に入ったのです。
女性の正体
あの2人はカップルなのだろうか?
それにしても女性の服装は、とても職場に向かうためのものだとは思えません。
スーツの男性がまったく彼女を気にする素振りがないのも不思議です。
一体どういう関係なのだろう……。
私が2人を凝視していると、道の反対側から歩いていて来た人が女性の体を突き抜けて、何食わぬ顔で去っていきました。
ああ、あれは見えてはいけないものだったのか。
私は納得し、さっと視線を外します。
昔から時々、この世のものではないものが見えてしまう私ですが、こんなにハッキリとソレが見えたのは初めてのことでした。
そして、それからというものの、毎朝あの2人を見かけるようになったのです。
ある朝の異変
緩く巻かれた茶髪のロングヘアにコツコツと音が聞こえてきそうなピンヒール。
歩くたびに短いスカートを揺らす、なまめかしい女。
初めこそ恐ろしかったものの、転職して数か月が経ち、私はその光景にすっかり慣れてしまいました。
姿が見えているとはいえ、こちらになにか危害を加えてくるわけではありません。
だからあの日も、私は先を歩く2人をただぼんやりと見つめていたのです。
いつもと違ったのは、横断歩道のまんなかで急に男性が立ち止まり、スマートフォンを取り出したこと。
それを耳にあて、短くなにかを話したあと、彼は突然走り出しました。
猛スピードで車が行き交う車道に向かって。
因縁
キイイイイ!!!
ガシャン!!
「何が起こったんだ!?」「だれか、救急車!」「け、警察……!!」
人々の声が響く横断歩道。
立ちすくむ私の前で、あの女がゆっくりとこちらを振り返ります。
「ヒッ……!!」
顔の大部分を覆う、大きな大きな目。
それはトンボの瞳のように、無数の小さな眼球が規則正しく並んでいるものでした。
女の口が弧を描いたあと、ゆっくりと言葉を紡ぎます。
「あいつは私を裏切った」
あの2人のあいだにどんな因縁があったのか、私には知る由もありません。
しかし、これだけは言えます。
人間関係のもつれというのは、どんな心霊現象より恐ろしいものだということを。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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