T字路の家
僕は以前、ある運送会社で3か月ほど宅配ドライバーをしていました。
短期離職の理由は、仕事が予想以上にハードだったこともありますが……。
一連の出来事のせいで、他人の家を訪ねるのが恐ろしくなってしまったのが大きな原因です。
……始まりは、木の葉が舞い落ちる物寂しい秋の夜のことでした。
時刻は21時前。
その日最後の配達先を訪れた僕は、暗い路地の端に車を寄せてエンジンを切りました。
フロントガラス越しに見えた、T字路の脇に建つ白い家。
玄関ポーチには明かりが点いていますが、家の中はどこも暗く、人の気配がありません。
「時間指定なのに……。留守か?」
もし留守だったら、持ち帰りだな。
僕は心の中でため息をつきながら車を降りました。
窓の人影
ピンポーン。
おそるおそる押したインターフォン。
誰か出てきてくれるだろうか……。
「はい」
低い女性の声が聞こえ、僕は胸をなでおろしました。
「○○運送です。荷物のお届けに参りました」
「……そこに置いてください」
ブチッ、とカメラの電源が切れます。
不愛想な人だな……と思いつつ、住人と顔を合わせる必要のない置き配は配達員としても気が楽です。
これで一日の仕事が終わった。
僕は晴れやかな気持ちで車に乗り込みました。
しかし、ふと先ほどの家が気になって視線を向けると、2階の窓に人影。
真っ暗な室内でじっとこちらを見つめている誰かの姿が、周囲の電灯の明かりでぼうっと浮かび上がって見えました。
「……気持ち悪」
ここに長くいたくない。
僕は妙な感覚を覚え、車を急発進させたのです。
再訪
その後も数回、あの家に荷物を届けることがありました。
時間指定は決まって一番遅い時間で、家の中はいつも真っ暗。
正直気味が悪く、あまり近づきたくなかったのですが……仕事ですからね。
僕は割り切って、仕事を全うします。
あの日も最後の配達先として、T字路の脇に建つ白い家を訪ねました。
ピンポーン。
「はい」
「こんばんは、お荷物をお届けに参りました」
いつものように置き配を頼まれると思っていた僕は、次に発された女性の言葉に面食らいます。
「ドアを開けてください」
「……え?」
「ドアを開けてください」
感情のない、機械的な女性の声。
断ることもできたはずなのに、僕はなぜか声に従うようにドアノブに手をかけたのです。
気づき
室内に広がっていたのは、すぐ先も見えないほどの暗闇でした。
玄関の前で立ちすくんでいた僕が、意を決して足を踏み出そうとしたその時。
「お兄さん、こんな時間になにしてるの?」
背後から男の声が聞こえ、びくりと震えました。
振り返ると、制服姿のお巡りさん。
「えっと、荷物の配達で。中へ持ってきてほしいと頼まれたものですから……」
状況を説明しているのに、彼はなおさら怪訝そうに僕を見ます。
「……なに言ってるの?ここ、ただの空き地じゃない」
「へ?」
意味が分からず再び家の方を向くと、そこには枯れかけた茶色い草が生い茂った空き地しか見当たりません。
「えっ!?いや、でも荷物が……」
自分の手元に視線を落としますが、僕の手は空。
よくよく思い返してみれば、最初にここに来たときから、僕は荷物なんて持っていなかったのです。
「最近、夜になるとこの空き地に不審者が現れるって通報があったんだよ。悪いけど、一緒に来て」
交番で混乱しながら自分の体験を話す僕に、お巡りさんはお茶を差し出しながら言いました。
「まあまあ落ち着いて。たまにいるんだよ。お兄さんみたいに、あそこに家があると思い込んじゃってる人……」
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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