この男性、なんか違和感……
大学進学と共に一人暮らしを始めた私は、アパートから近い飲食店で夜勤のアルバイトを始めました。
シフトは22時まで。
アルバイト先からアパートまでは徒歩10分の近距離でしたが、タイミングが悪く、22時過ぎに遮断機の下りる踏切が道中にあるのです。
帰り道はよくこの遮断機に阻まれ、その手持ち無沙汰な数分間はスマホをボーっと眺めながら過ごしていました。
その夜も、遮断機の前でぼんやりとスマホを見下ろしていると
「……あ」
眺めていたスマホから顔を上げると、遮断機の向こう側に人が立っています。
その人物はよくこの時間帯、この場所で自分と同じように遮断機が上がるのを待つスーツ姿男性でした。
疲れているのでしょうか。
男性はいつも下を向き、その場に立っているのです。
なんとなく男性を見ているうちに電車が通り過ぎ、遮断機が上がりました。
男性は、いつも線路を渡るときにも俯いたまま歩いています。
普段はスマホを見ながらすれ違っていましたが、なんとなく今日はすれ違う男性を横目でチラリと見てみました。
「ひっ……!」
男性は下を向いたまま、首だけをグルリとこちらに回して、私を見ていたのです。
消えた男性は……
不思議に思いながらも、私は翌日も何事も無かったかのようにアルバイトに出勤していました。
昨日、男性はなぜこちらを見ていたのか……。
いつもスマホを見ていたから気付かなかったけど、もしかしていつも私を見ていたのだろうか。
考えているうちに退勤時間となった私は、不安な気持ちを抱えながら家路を辿りました。
“カン、カン、カン、カン、カン……”
踏切を待つ間、気持ちを紛らわすようにスマホを見ていると、いつの間にか男性が立っていました。
男性はいつも通り下を向いては、その場にジッと立ち尽くしています。
スマホを見るふりをしてはチラリと男性に視線を向け、その様子を窺っていました。
「あれ?」
しかし、次に視線を向けたときには、先ほどまでいたはずの男性がいません。
唖然としているうちに、向こうから電車がやってきました。
「なんだろう、気味が悪い。別の道に引き返したのか?」そう考えていると……。
「うわあぁっ!!!」
突然、何者かに背中を押された私は、線路へ飛び出しました。
寸前で足を踏ん張り、その場に膝をつく私。
何が起きたのか。飛び出しそうな心臓を押さえながら荒い呼吸を繰り返していると、私のすぐ耳元で。
「死にたいのかなぁと思ったから」
男性の声が、囁きました。
私を見ていた、そのワケは……
あの踏切では昔、男性の飛び込み自殺があったそうです。
そう、私がいつも遮断機を待つ、22時過ぎに……。
私はすぐにアルバイトを辞め、アパートも引っ越しました。
もうあの踏切を渡りたくないし、見たくもなかったのです。
私の背中を押したのは、あのスーツの男性だったのでしょうか。
これは私の想像ですが、男性には私が死にたいように見えていたのかもしれません。
男性はいつも、疲れ切ったように下を向いていました。
一方、あの踏切でいつもスマホを見ていた私も、同様に下ばかり向いていたのです。
男性から見た私は、自分と同じように“死にたい”ように見えたのかもしれません。
今でも踏切を渡るときは、スマホには触らないようにしています。
※記事に使用している画像はイメージです
◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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