古びた旅館
急遽まとまった休暇が取れた私は、友人と女同士の温泉旅行へ出かけることに。
しかし、世間の大型連休と重なったこともあり、人気の温泉宿は軒並み満室でした。
そんなときに友人が見つけてきたのは、古風な雰囲気で趣がある、一軒の温泉旅館。
老舗の雰囲気漂うその宿は、予約代理店のホームページには掲載しておらず、そのせいか空室も残っていました。
また、大型連休の真っ只中だというのに、値段も格安。
雰囲気も良く、他に目ぼしい候補もなかった私たちは、すぐにその宿を予約しました。
ところが到着した宿の外観を見ると、私たちはガッカリと肩を落とすことに。
公式サイトの雰囲気とは大きく異なり、実際はとても古びた温泉宿だったのです。
外壁や軒下には蜘蛛の巣が張り、手入れの行き届かない庭の草木は伸びっぱなし。
今から予定を変更することなどできるわけもなく、仕方なくその宿へと足を踏み入れました。
安心した、その先に
「最初はどうなることかと思ったけど、案外普通だね」
夕食を済ませた私たちは、客室でくつろいでいました。
宿は、中に入ってしまえばそれほど悪い雰囲気ではなかったのです。
チェックインしてすぐに向かった風呂も申し分なく、夕食もごく普通の旅館のお膳。
連休だというのに他の宿泊客とすれ違わないことは気になりましたが、それもまた贅沢な時間なのかもしれません。
私は寝る前にもう一度風呂へ浸かろうと友人を誘いましたが、見たいテレビ番組を見たら行くと言うので、一人で向かうことにしました。
鏡に映るのは……
ゆったりと湯に浸かり、そろそろ髪を洗おうとシャワーをひねると、脱衣所に人影が映りました。
友人が来たんだろうとぼんやり考えながら、私は目を瞑り、備え付けのシャンプーで髪を泡立てはじめます。
“カコン”
暫くすると、隣のシャワースペースに桶を置く音が。
友人が来たのでしょう。
「テレビどうだった?」
そう話しかけましたが、返事がありません。
不思議に思いながらシャワーを浴び、顔を上げたのですが……。
「え……?」
そこには誰もいませんでした。
聞き間違いかな?そう思いながら、目の前の鏡を見ると……。
「……っひいぃ!」
鏡に映る、自分。
その後ろに、長い髪を振り乱し、ニヤニヤと笑う女の姿が。
私は飛び上がり、逃げるようにして客室へ戻りました。
すると友人は既に寝ているのです。私は友人を揺さぶり起こし、なぜ風呂へ来なかったのかと問い詰めました。
「え?あんたさっき戻ってきたと思ったらすぐに布団に入ったじゃん、なにも言わずに。私はテレビ見終わって今布団に来たとこだけど……」
恐る恐る隣に引かれた布団を見ると、シーツが乱れているのがわかります。震える手で、その布団をめくると……。
「っいやぁああ!」
布団の間には、無数の長い黒髪が散らばっていました。
友人が「戻ってきた」と言い、私と勘違いしたその正体は、一体……。
後日、友人と恐る恐るホームページを確認すると、その旅館は10年ほど前に廃業していたことがわかったのです。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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