真っ暗なトイレ
当時大学生だった私は、彼氏の運転で地元の夜景スポットを訪れていました。
その夜景スポットは山の上にあり、ちょっとした台の上からは市内の街並みを一望できます。
普段は数組のカップルと肩を並べることも多かったのですが、その日は夜も遅かったこともあり、珍しく夜景を独占できた私たちは心ゆくまでその時を過ごしていました。
「ちょっとお手洗いに行ってくるね」
私は、近くの公衆トイレへ向かうことに。
夜景スポットということもあり辺りは真っ暗で、トイレを灯すぼんやりとした明かりだけが目印でした。
問いかける声
真っ暗な中、手探りで壁のスイッチを押し当てると、チカチカと蛍光灯が室内を照らします。
なんとも不気味な雰囲気のあるトイレで、不安に思いつつも用を足していました。
すると……。
“ガチャ”
誰か、入ってきたようです。
あれ?さっきまで彼氏と二人っきりだったけど、こんな時間にまだ来る人がいるんだなぁ……などと考えていると。
「あの」
ドアの向こうから、声が聞こえてきたのです。
突然のことに驚いた私は、言葉が出ずに黙っていました。
「あの」
するともう一度、声をかけてくるのです。
なんだか気味が悪くなり、私はじっとその場に固まっていました。
「あの」
「あの」
「あの」
絶対に、おかしい人だ。ドアの向こうの人物は、何度も私に呼びかけるのです。
私は震えながら、その人物がいなくなってくれるのを待ちました。
するとまたガチャリ、とドアの音がしたかと思うと、呼びかけられることはなくなりました。
しばらくはその場で様子を伺いましたが、本当にいなくなったようです。
ホッと胸を撫で下ろしました。
彼氏を待たせているし、早く手を洗って外に戻らないと。個室のドアを開けようとしましたが……。
「あれ?」
個室のドアが、開きません。
開かないというより……重い。
まるで何か重さのあるものが、ドアにのしかかっているかのような……。
「……っひ、ぎゃあぁあああ!!」
恐る恐る、見上げたドアの上。
そこには、女が私を見下ろしていました。
「誰もいなかったよ」
彼氏は、私の大声が聞こえたのでトイレに駆け付けると、半狂乱の私が個室のドアを開けたまま絶叫していたと話しています。
私には、その時の記憶が全くありませんでした。
彼氏は、私がトイレへ向かってからもずっとその場を離れておらず、トイレが見える位置にいたけれど、誰かが入った様子も出た様子もなかったというのです。
私が見た、あの女は一体……。
もし、私が返事をしていたら、「あの」に続く言葉はなんだったのでしょうか。
今でも、公衆トイレの個室が怖くてたまりません。
◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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