佇む人
中学時代、私の通学路には、いつも女性が立っていました。
淡い黄色のワンピース、一つ結びにして前に垂らした黒髪。
その女はいつも道路に背を向け、ある一軒家のブロック塀に張り付くようにして立っていました。
ブツブツとなにかを呟きながら佇む、どうみても様子のおかしい人。
私は母にその不気味な女性のことを相談したのですが、母は「そんな人、見たことないけど……」と眉をひそめるばかり。
あれは見えてはいけない人なのかもしれない……。
そう悟った私は、心の中で気づかれないように祈りながら、毎朝息を潜めてそっと彼女の後ろを通り過ぎていたのです。
呼ぶ声
ある雨の朝のこと。
進路のことで母と喧嘩をした私は、イライラしながら家を出ました。
カーブの坂道を下っていくと少し先に黄色いワンピースの女性が見えて、さっと視線を地面に落とします。
息を止めながら、1、2、3。心の中で数を数えて、女のうしろを横切ります。
そして、ふーッと小さく息を吐いた、その時。
「りなちゃーん……」
背後から私の名前が聞こえて、つい顔をあげてしまいました。
目の前には、オレンジ色のカーブミラー。
驚く私のうしろで、あの女がこちらを向いていたのです。
「りなちゃん、りなちゃん、りな、りな、りな、りな、りな、りな……こっちおいで」
鏡越しに目が合った女は、口の端を“にぃっ”と上げて笑いました。
近づく女
女性の右足が上がり、一歩こちらに近づいてきます。
逃げたいのに、体が石のように固まってびくとも動きません。
心臓が早鐘を打ち、足ががくがくと震えます。
恐怖のあまり、全身が宙に浮かんでいるようなおかしな感覚を覚えました。
女性が一歩、また一歩と踏み出すたびに、意識が遠のいていきます。
「りな!!!!」
大きな声が聞こえ、ハッとした私。
「お母さん……?」
振り向くと、母が傘もささずに全速力で私のもとへと走ってきていました。
ぐるりとあたりを見回しても、不気味な女性の姿はありません。
「よかった、よかった……。どうしてかわからないけど、りなちゃんがいなくなっちゃう気がして……」
震える母に抱きしめられ、私は先ほどまでの恐怖を思い出し、その場にへたり込みました。
母への愛情
そのまま近くの神社へと駆け込み、お祓いを受けた私たち。
神主さんの話では、あの女性は母に恨みを抱き、母の一番大切なものを奪ってやろうと考えている生霊とのこと。
母はなにか思い当たることがあったのか、お祓いのあいだ、ずっと暗い顔で涙を浮かべていたのを覚えています。
私はなんとなく、自分に父親がいない理由を察してしまい、母への愛情が冷えていくのを感じました。
……親子の絆に亀裂を入れられたからでしょうか。
それ以降、私の前にあの女性は現れていません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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