物寂しい歩道橋
あの日、ショッピングモールで買い物を済ませた僕は、友人のSと通話をしながら家路についていました。
「それで、バイト先の酔っぱらった客がさぁ、お兄さんも歌おうよとか言って絡んでくるわけ」
「うわ、めんどくせー」
Sの話に相槌を打ちながら、僕は歩道橋の階段を上っていきます。
“とんとんとんとん”
橋の上に人の姿はなく、どこか物寂しい雰囲気。
足元を通過する何台もの車のエンジン音だけが歩道橋にこだましていました。
「なんか揺れるな、ここ……」
風の影響でしょうか。
時折足元がぐらりと揺れます。
「え?いまどこなの?」
「○○駅の近くの歩道橋」
特段、おかしなことを言ったわけではありません。
しかし、Sは「あー……」と口ごもったあと、歯切れが悪そうに続けました。
「そこって何年か前に殺人事件があったとこだろ」
上京してきた僕とは違って、生まれたときからこの辺りに住んでいるS。
彼の言葉で恐怖心を抱いた僕は、足早に歩道橋を去ろうとしたのですが……
背後で甲高い音が聞こえてハッとしました。
背後の異変
“カンカンカンカンカンカン”
なにか堅いもので金属を叩くような音。
僕の脳内には、小学生が歩道橋の柵に傘を当てて遊んでいる様子が浮かびました。
“ぐらり”
足元が揺れて、僕は思わず後ろを振り返ります。
「あれ……?」
そこにはやんちゃな子供はおろか、人の姿すらありません。
戸惑う僕の耳に、Sの冷やかすような声が届きました。
「お前まさか……いま女の子と一緒なの?」
「は?いや、一人だけど」
電話口に流れる気まずい空気。
「え、でも『こっちを見て』って女の声が聞こえたんだけど……」
Sの声が弱弱しくなっていくのと同時に、僕はおかしなことに気が付きました。
先ほどまでうるさく響いていた車の音がまったく聞こえないのです。
さらに、まだ正午を過ぎたくらいの時間なのに、空の色は夕暮れ時のようなオレンジ色。
「なんか、変だ……」
「……おい!はやくにげ、」
“ツーツーツー”
唐突に途切れた電話。僕は無我夢中で走りだしました。
女の声
「南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏、南無阿弥陀仏」
念仏を唱えながら、半泣きで階段を駆け下ります。
行く当てもなく、とにかく足を動かしていると、いつのまにか街の音が戻ってきていました。
見上げた先には真っ青な空。
へなへなと路上に座り込んだ僕の手の中でスマートフォンが鳴り、震えながら耳にあてます。
「おいっ、大丈夫か!?」
Sの声に安心した僕は、言葉に詰まりながら自分の身に起こった異変を伝えました。
「……電話が勝手に切れる直前、お前の声のうしろで『邪魔するな!』って何度も喚き散らす声が聞こえたんだよ」
あの時もし、Sと電話をしていなかったら……。
僕はいま、生きていないかもしれません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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