日常
あの日、仕事を終えた私は、いつものように最寄り駅を出て、家路についていました。
時刻は午後10時を過ぎた頃。
ひんやりとした風が、疲れた体を心地よくなでていく……。
そんな感覚でした。
何の変哲もない日常、のはず……だったのに。
エントランスの影
普段と違うことに気がついたのは、自宅であるマンションの前に到着したとき。
エントランスホールに設置されたオートロックの前に、ひとりの男が佇んでいるのを見ました。
顔こそ見えないものの、その男のピンと伸びた背筋からは異様なものを感じました。
しばらく様子をうかがっていても、彼はインターホンに指を乗せたまま、ピクリとも動きません。
カードキーを忘れて焦っているような素振りもなく、決してその場を動こうとしない、その男がマンションの住人ではないことは明らかでした。
「いったい、なにをしているんだ……?」
誰かを待っているのだろうか……。
いや、あれはむしろ「誰かが帰ってくるのを見張っている」のではないか?
そんな考えが浮かび、なぜか震えが止まらなくなりました。
非常口
言いようのない不安にかられ、私は足音を殺しながらマンションの裏手にある駐輪場へと向かいます。
ここには正面の道路からは見えない非常口があり、カードキーをもつ住人であればマンション内に入れるのです。
きっと、あの男もこの非常口のことは知らないはず……。
私はほっと息を吐きながらドアをあけ、エレベーターも使わずに非常階段を登っていきました。
エレベーターの階数表示で、あの男に私の居場所を知られるのが怖かったのです。
しかしようやく自宅の前につき、家のドアを開けた瞬間、私は持っていた荷物を落とし、思わず尻餅をつきました。
呼ぶ男
「ピンポーン……ピンポーン……ピンポーン……」
部屋の中に響くインターホンの呼び出し音。
それはどんどん激しさを増し、執拗に鳴り続けました。
まるで、私が帰宅したことに気づいているかのように。
私はなんとか部屋の中に入ったものの、インターホンに出ることはおろか、恐怖のあまりスーツを脱ぐことすらできません。
鳴り続けるインターホンを見つめたまま、その場に立ちすくんで約30分。
ようやく音が止み、私は恐る恐る録画履歴を確認しました。
そこに映っていたのは、左右の目の位置が大きくずれ、鼻の曲がった見知らぬ男。
彼は背筋をピンと伸ばしたまま、満面の笑みで私の部屋のインターホンを押し続けます。
無言で、ただただ指を上下させる光景は、吐き気を催すほど恐ろしいものでした。
(マセイ/男/30代前半)
※この記事は読者から寄せられた体験談を元に、一部編集を加えて作成しています
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