後ろから
仕事の出張で、とある田舎町を訪れたときのことです。
取引先との懇親会が終わり、ホテルまでの道を歩いて帰っていました。
大きな道路を抜け、差し掛かったのは狭く暗い路地。
初めて通る見知らぬ道でしたが、どこか悲しげな雰囲気が漂っていました。
なんとなく薄気味の悪いその路地を早く抜けようと、足早にホテルへと足を進めます。
そのときでした。
「私の、……知りませんか?」
突然、後ろから声が聞こえました。
驚いて振り返りましたが、そこには……
「……あれ?」
誰の姿も見当たりません。
「どういうことだ……?」
シンと静まり返る路地で、確かにはっきりと聞こえた声。
聞き間違いとは、考えられませんでした。
この路地、なんかヤバい……。
一気に全身を駆け抜ける鳥肌。
ホテルまでの道を急ごうと、再び進行方向に体を向き直すと……
「っひ、ひぃ……!?」
すぐ目の前に、女の人が立っていました。
私が後ろを振り向いていたのは、ほんの数秒のこと。
このわずか数秒ほど前に、人がいた気配は全くありませんでした。
驚いて固まる私に、女の人は……
「私の……知りませんか?」
先ほど聞こえた、言葉を投げかけてきました。
女性が探しているもの
「えっ……、な、なにを……?」
女性は、なにかを探しているのでしょうか。
至近距離にいるのに、その言葉が上手く聞き取れず……。
女性へもう一度尋ねると。
「私の……しん、知りませんか?」
「え……?」
「私の、かはんしん、知りませんか?」
そう聞こえた、次の瞬間。
“ずる、べちゃ”
それは、目を疑う光景でした。
女性の身長が、一気に半分に……!
正確には、腰から下が突然消え去り、重力に負けた上半身だけが“べちゃり”と地面に落ちたのです。
「っぎ、ぎゃ……っぎゃああああっ!!?」
彷徨うワケ
しかし、その光景も一瞬のことでした。
私が驚いて声を上げると、上半身だけの女性は、“スッ……”と姿を消したのです。
それからしばらく経ったころ。
同僚と話していたときに、私はある事実を知ることに。
なんでも、その路地の近くには小さな踏切があるそうです。
昔、踏切で死亡事故があったのだと。
そして……
「上半身が、離れた場所に……?」
そう……。
あの踏切で事故にあった女性は、体の真ん中あたりから電車に轢かれて亡くなってしまったのだそう。
原形をとどめない下半身はその場で発見されたようなのですが……
不思議なことに、上半身は少し離れた場所で発見されたのだと。
勢いで飛ばされてしまったにしては、あまりにも距離が離れていたようです。
「……まさか」
それを聞いて、私の頭に浮かんだ、ある仮説。
女性は、電車に轢かれたあともしばらく、キレイに残った上半身だけで生き延びていたのではないでしょうか。
そうして、その上半身だけを懸命に動かし、助けを求めて彷徨ったのではないかと……。
私が見た、あの光景は。
今もなお下半身を探して彷徨う、悲しげな女性の姿だったのかもしれません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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