廊下に置かれた洗濯機
古いアパートに引っ越してきて驚いたのは、各部屋の前にある共有廊下に洗濯機を置く造りだったことだ。
便利そうだと思ったのに、隣人たちは誰も洗濯機を置いていない。
皆、徒歩数分のコインランドリーに通っているようだった。
「不便じゃないのか?」と不思議に思ったが、とくに気にせず洗濯機を設置した。
最初のうちは問題なかった。夜に洗濯機を回しても静かで、廊下に出れば夜風が涼しく、快適なものだった。
だが数日後、洗濯を終えて蓋を開けたとき、違和感を覚える。
洗濯物に、長く黒い髪が数本まとわりついていたのだ。
自分の髪ではない。気味悪さを覚えつつも、気にしないようにして部屋に戻った。
増えていく髪の毛
それからだ。洗濯するたび、髪の毛の量が増えていった。
最初は数本だったのが、十数本、やがて洗濯物一面に絡みつくほどに。
「誰かのいたずらか?」と思った。
廊下に置かれているため、誰かが髪を入れているのかもしれない。洗濯機の回る音がうるさいと、住人の無言のクレームかもしれない。
そう考えて、夜ではなく昼間に洗濯するように変えた。
しかし、昼間でも状況は変わらなかった。
むしろ髪の量はさらに増え続け、取り出すたびに不快感が募る。
ある日、真昼間に洗濯が終わり、恐る恐る蓋を開けたときだ。
洗濯物の隙間から、白いものが覗いた。次の瞬間、女性の頭がどさりと顔を出した。
びっしりと長い黒髪に覆われ、ギョロリと白目を剥いた瞳がこちらを睨みつけている。血走った目が、確かに自分を見ていた。
洗濯機の中の女性
喉から勝手に叫び声が漏れ、蓋を乱暴に閉めると、逃げるように廊下を駆け出した。
息を切らして近くのコンビニに逃げ込み、しばらく戻ることができなかった。
意を決して夕方に帰宅し、洗濯機の蓋を恐る恐る開けると、そこに顔はなかった。
だが、洗濯物よりも多いほどの長い黒髪が、ぐっしょりと水を含んで絡みついていた。
濡れた髪の塊から、水滴が「ぴちょん」と音を立てて廊下に落ちる。
その瞬間悟った。
だから、このアパートの住人は誰も洗濯機を置かないのだ。
私はすぐに洗濯機を処分した。
以来、私は住人たちと同じようにコインランドリーに通っている。
二度とあの廊下に洗濯機を置く気にはなれない。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆斎 透(さい とおる)
noteにて短編小説を執筆中の、犬と暮らすアラサー女子です。
やるせない夜にそっと寄り添うような文章をお届けしています。
幼い頃から、オカルト好きな母と叔母の影響で、不思議な話に夢中に。
「誰でも一つは、背中がひんやりする話を持っている」をモットーに、
ゾッとするけど、どこか温度のある物語を綴っています。
美容やキラキラした話題に疲れた夜、よければ一編、覗いてみてくださいね。
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