最後の鉄路の夜
独身を謳歌する鉄道マニアの僕は、地方の廃線間近の列車を撮るため、一泊の撮影旅行に出た。
撮影がメインなので宿には金をかけず、民泊のような古びた旅館を予約している。
期待していなかったが、着いてみると意外にも豪華な料理が並んだ。
素泊まりと大差ない料金で、刺身に天ぷら、煮物まで並んでいる。
「せっかくのお客様ですから」
そう言って女将は笑顔で勧めてくれた。
上機嫌で部屋に戻ると、なぜか敷布団が二組並べて敷いてある。
「あの、僕ひとりですよ」と声をかけたが、女将はにこやかに「これは決まりなので」と繰り返すばかりだ。
二人部屋だからだろう、と無理やり納得し、布団に入った。
隣の布団
深夜、ふと目が覚めた。隣の布団から、視線を感じたのだ。
暗闇に目を凝らすと、そこに黒い瞳が二つ、じっとこちらを見ている。
反射的に立ち上がって電気をつけると、布団はきれいなままで誰もいない。
気のせいかと自分に言い聞かせて再び布団に入ると、夢を見た。
長い髪の女性が隣の布団からするりと入ってきて、僕の腕に身を寄せる夢。
肌はひどく冷たいのに、なぜか嫌ではない。
体の重みも感じたが、それが現実か夢かはわからなかった。
愛妻の待つ家へ
翌朝、朝食は頼んでいなかったはずだが、女将が「せっかくですから」と声をかけてきた。
昨夜と同じく、信じられないほど豪勢な朝ごはんが並ぶ。
恐縮しつつ食べ終え、チェックアウトしようと玄関に向かうと、旅館の人間だけでなく、近所の人らしき人々までが入り口にずらりと並び、「ありがとうございました」と笑顔で頭を下げてくれた。
不思議なほど丁寧なもてなしに、胸が温かくなる。
「いい旅だったな」と思いながら駅へ向かう道すがら、ふと頬をなにかが撫でた。
黒い髪が数本、絡みついていた。昨夜の夢を思い出し、ゾッとする。
だが、考えるのはやめた。
家で待つ黒髪の妻への土産話にこの出来事は含めない方がいい、そんな気がした。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆斎 透(さい とおる)
noteにて短編小説を執筆中の、犬と暮らすアラサー女子です。
やるせない夜にそっと寄り添うような文章をお届けしています。
幼い頃から、オカルト好きな母と叔母の影響で、不思議な話に夢中に。
「誰でも一つは、背中がひんやりする話を持っている」をモットーに、
ゾッとするけど、どこか温度のある物語を綴っています。
美容やキラキラした話題に疲れた夜、よければ一編、覗いてみてくださいね。
●note:https://note.com/sai_to_ru
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