写真のない家
「あの家ねえ、昔はふつうに住んでたのよ。今はもうボロくて無理だけどね」
今の実家とは別に、もっと山のほうに古い家があって、母が子どもの頃はしばらくそこで暮らしていたのだといいます。
私も昔、何回か行ったことがありました。
茅葺き屋根の家を、私はあそこ以外で見たことがありません。
その話をする時、母はいつも細かいことを言いませんでした。
誰と住んでいたのか、何年くらい住んでいたのか、どうしてそこを出たのか。
聞いても「昔のことだから」と笑って終わりなんです。
祖母が亡くなって、家の整理を手伝っていた時。
昔のアルバムがたくさん出てきて、親戚みんなで床に広げて見ていました。
母の子どもの頃の写真もあれば、私の子どもの頃の七五三や入学式の写真もあります。
でも、どこを探しても、母が言っていた山の家の写真だけが一枚もないんです。
短い間でも住んでいたというなら、なにかしら映り込んでいそうなものですよね。
なのに本当に一枚もない。
気になって母に聞くと、「ああ、あそこは写真ないかもね」と、あっさり言いました。
「なんで?」
「……なんでだろうね」
その返し方が妙で、私は余計に気になってしまったんです。
その年の夏、帰省したついでにひとりで山のほうへ行ってみることにしました。
山にあったもの
だいたいの場所は母から聞いていたので、迷わず着けました。
その家は、杉林の中に半分隠れるようにして建っていて、思った以上に古びています。
人が住まなくなったまま時が止まっている感じでした。
玄関は閉まっていましたが、横の掃き出し窓が少し開いていて、中へ入れそうです。
埃は積もっていました。畳も色あせていて、襖も黄ばんでいる。
でも、完全な廃屋という感じじゃないんです。使われなくなって長いのに、生活の輪郭だけが残っている。
奥の和室に押し入れがありました。
なんとなく開けてみると、下段の隅に紙切れが一枚落ちていたんです。
古いメモ帳の切れ端みたいな紙でした。
拾って見た瞬間、変な声が出ました。
そこに、今の私の実家の住所が書いてあったんです。
番地まで、ちゃんと。
見慣れた住所でした。
その住所は母が山の家を出てから何年もあとに引っ越した先のものなんです。
この家に住んでいた頃には、まだ存在もしていないはずの住所でした。
「まだいるんだね」
気味が悪かったのですが、その紙は持って帰ることにしました。
夜、母に見せると、苦笑しながらまた歯切れ悪く言うんです。
「ああ……あそこ、まだいるんだねえ」
「なにが?」と聞くことは、できませんでした。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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