公衆電話からの配車依頼
私はタクシーの運転手をしています。
配車依頼はほとんどがアプリ経由ですが、ごくたまに電話で依頼が入ることがあるんです。
その日も夜中に一本だけ。
配車センターから住所を聞いて向かうと、道路脇の公衆電話だけが明るく光っていました。
でも、お客様が見当たらないんです。
車を降りて周囲を見回しても人影はなく、しんと静まり返っています。
いたずらか……。
車内に戻って、配車センターへ無線を入れました。
「誰もいません」
「もう少し待って、それでも来なければ戻ってください」
5分ほど待ちましたが、結局誰も現れません。
やっぱりいたずらだったのかなと思い、車を発進させました。
誰かが乗った感覚
車を出した瞬間でした。
後部座席に誰かが乗り込んだときのように、車体がふっと少しだけ沈んだ気がしたんです。
思わずルームミラーを確認しました。
当たり前ですが、誰もいません。
「気のせいか……」
そう思った瞬間、今度は“ピー、ピー”と電子音が鳴りました。
メーター横の、後部座席のシートベルト着用表示です。
誰かが座ったときだけ点灯するランプでした。
もう一度後ろを見ましたが、やはり誰もいないんです。
ただ、表示はそのまま消えません。
気味が悪くなり、とにかく人通りのある場所へ戻ろうと思いました。
近くの駅まで車を走らせ、いつものように周辺を流します。
けれど、そういうときに限って誰も手を挙げません。
アプリからの配車も入らず、後部座席の表示だけがずっと点灯したままでした。
駅のロータリー
しばらく走り回ったあと、とりあえず駅のロータリーへ入ることにしました。
少し落ち着こうと思い、駅前の喫煙所近くに車を停めたそのとき。
後部座席から誰かが立ち上がり、ドアを開けて降りていったような気配がしたんです。
シートがわずかに戻り、車体が軽くなったような感覚。
慌てて振り返りましたが、もちろん誰もいませんでした。
メーター横を見ると、さっきまで点灯していたシートベルトの表示も消えています。
そのまま車を降りる気にはなれず、配車センターへ連絡しました。
公衆電話の件はいたずらだったらしく、今は駅前にいることだけを伝えると、オペレーターが少し不思議そうに言いました。
「メーター、入れてました?」
「いえ、入れてないですけど」
「支払いの取り消し履歴が一件残っていて……」
一瞬、何を言われているのかわかりませんでした。
オペレーターは続けました。
「あの……だれも乗せなかったんですよね?」
あのとき何かを乗せていたのか。
それとも、機械がたまたま誤作動しただけなのか。
今でもわかりません。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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