停止中の呼び出し
私はビル管理の仕事をしています。
管理って何するのっていわれがちなんですけど、ふつうです。清掃とか、整備とか、あと警備。
昇降機、エレベーターの点検も自分の仕事です。
定期点検では、安全のためにエレベーターを停止させます。
点検中は各階のボタンを押しても動かないようになり、操作できるのは点検員だけです。
その日も2基あるうちの1基を朝から止めて作業していました。
一通りの点検を終え、最後に運転記録を確認していたときです。
停止中だったはずの時間に、7階から呼び出しボタンが押された履歴が残っていました。
故障かと思い、7階へ向かいました。
廊下には誰もいません。
各テナントもまだ営業前で、人の気配はありませんでした。
誤作動だったのだろうと思って、その日は作業を終えました。
翌月も
ところが翌月の点検でも、同じことが起きたんです。
停止中にもかかわらず、7階から一度だけ呼び出し履歴が残る。
気になって、点検の日より前のログまで調べてみました。
すると、その履歴は毎月の点検日だけ記録されていました。
気味の悪いことに、押される時刻までまったく同じです。
メーカーへ問い合わせても異常は見つからず、念の為ボタンも交換しました。
それでも翌月、また7階から呼び出しがあるんです。
「なんもないから」
先輩にその話をすると、少し困ったような顔で笑いました。
「あー……まだあるんだ、それ」
「え?なんですか?あのビルなんかあるんですか?」
ビビる自分に、先輩は「そんな大したことじゃないよ」と前置きして、教えてくれました。
「あの階、昔は今と別の会社が入っててさ」
十年以上前、その会社の社員がエレベーター前で倒れ、搬送先の病院で亡くなったそうです。
先輩も詳しいことは知らないといいます。
ただ、その事故以来、点検中に7階から呼び出されるようになったらしいのです。
「いかにもすぎる話だよな。まあ、見に行かなきゃなんもないから」
先輩はそう言いました。
自分はちょっとあまのじゃくなところがあって……翌月の点検の日、停止を解除する前に7階に向かったんです。
長い廊下の突き当たり。
エレベーターの前に、誰かが立っていました。
「乗車 7F → B1」
「すみません」
そう声をかけると、その人はこちらを向くことなく、開くはずのないエレベーターへ一歩踏み出しました。
扉は閉まったままです。
なのに、その姿だけが扉の中へ吸い込まれるように消えました。
運転記録を開くと、7階からの呼び出し履歴のあとに、新しく一行だけ追加されていました。
「乗車 7F →B1」
点検中のエレベーターでは、本来記録されるはずのない履歴です。
それからも7階の呼び出しが記録されますが、確認には行かなくなりました。
記録だけ残して、見なかったことにしています。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
【SNS】
X:@a_mirin0223
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。

