トンネルの途中で
一人旅が趣味の私は、車一つで休日に気ままなドライブ旅を楽しんでいました。
その日は少しだけまとまった連休が取れたこともあり、少し足を延ばした旅先へ。
とくに予定も決めず、自由気ままに観光地を巡っていると、土砂降りの雨に見舞われてしまいました。
車に戻り様子を見ていましたが、当分は止みそうもありません。
少し早いけどもう夕方だし、今日はもう休もう。車中泊にするか、どこかホテルを探すかなどと考えながら車を走らせていると、あるトンネルに差し掛かりました。
暗いトンネルに車を走らせていると、少し先に人影が見えました。
「……ん?」
その人影は、トンネルの壁に向かって、しゃがんでいる男性でした。
なにしてるんだ……?と思いながらも、一度は通り過ぎました。
事情はわからないけど、雨宿りをしているのかもしれないし。それか、トンネルでなにか作業をしている人なのかも。
でも、もし体調の悪い人だったら?
先ほどの人物が心配になった私は、再びトンネルへと引き返しました。
反応を示さない男性
「あの、大丈夫ですか?」
車に乗ったまま、少し離れた場所から、私は男性に向かって声をかけました。
男性には私の声が届いていないのか、とくに反応がありません。
「あのー!どうかされましたかー?どこか、痛みますかー?」
今度は確実に聞こえるほどの大声で呼びかけます。しかし、まったく反応がありません。
せっかく心配して声をかけたのに反応がなく、なんだか変な気恥ずかしさと腹立たしさを感じた私は、もういいやと諦めることにしました。
さて、近場のコンビニはどのあたりかなと軽くスマホを操作したあと、運転を再開するために顔を上げると……
「えっ……!?」
先ほどの男性が、いなくなっているのです。
私は驚き、車の外に出て辺りを見回しました。
目を離したのはほんの10秒ほどのこと。こんな短時間でどこかに行ってしまうなど、考えられなかったのです。
だんだん血の気が引き、気分が悪くなってきました。
さっさとこんなトンネルは抜けてしまおう。そう思って車に乗り込もうとした、その時です。
「う、ううあぇ……うぅうあえ……ううあぇえ……」
突然、呂律の回らない声だけが、耳元で響きました。
男性が訴えていたことは……
その後は無我夢中で車を走らせ、逃げるようにトンネルから遠ざかりました。
あのとき耳元に響いた、気味の悪い声。
今でも鼓膜にこびりついて離れず、何度も頭の中で反芻されるうち、気付いたことがあります。
あの声は「ゆ る さ ね え」と、繰り返していたのではないかと。
男性はなにかの恨みをもって、あの場所に留まっていたのでしょうか……。
もちろん、もう確かめに行くつもりはありません。
あなたも初めてのトンネルを通る際は、ご注意を。
※この物語はフィクションです
※記事に使用している画像はイメージです
◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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