ベランダを叩く音
夫の転勤を機に、私はとある団地へと引っ越してきました。
越してきてすぐのある日。
夫の出勤を見送り、台所で洗い物をしていたときのことです。
“コツン、コツン”
なにかがガラスに当たるような、小さな音が聞こえました。
辺りを見回してみましたが、特に変わった様子はありません。
聞き間違いかな?と、その日はそれ以上気にせず普段通りに過ごしました。
そして、数日後。
“コツ、コツ、コツ”
また、あの音が聞こえました。
今度は洗濯物を畳んでいましたが、すぐ近くのベランダから鳴っているようでした。
最初は気のせいかとも考えましたが、何度か繰り返し聞こえてくるのです。
不思議に思い、カーテンを開けてみましたが、なにも変わった様子はありません。
きっと、鳥かなにかが窓を突いたのだろう。ベランダには鳥のフンがよく落ちているし、きっと寄り付きやすい場所なのだ。
そう思うことで、納得しました。
訪問者は……
“コツン、コツン”
それからも度々、朝に家事をしているとあの音が聞こえてきました。
鳥はすぐに飛んでいってしまうのか、すぐにカーテンを開けても確認できたことはありません。
そのうち、開けることもしなくなり、気にせず家事を続けるようになりました。すると……
“コン、コン”
玄関のドアを叩く音が。来客でしょうか。
なぜ、チャイムではないのだろう?と不思議には思いましたが、玄関へと向かいます。
「あれ……?」
ドアを開けるも、そこには誰もいないのです。
「これは、もしかして……」団地に住む子供のイタズラだったのではないか、と思いつきました。
これまでの音も子供の仕業だったとしたら、納得です。
「おーい、どうしたのー?」
今も近くに隠れているであろう子供に向けて、私は明るく声をかけました。
「……ごめ、な……さ……」
その声は、自分の足元から微かに聞こえるのです。
足元に目を向けると、頭の原型がほとんどない男の子が、私の足にしがみついていました。
ごめんなさい
後に聞いた話によると、あの部屋では以前、子供が転落事故により亡くなっていたのだそう。
子供が落ちたのは、音の鳴るベランダからでした。
育児ノイローゼになった母親が、家事の合間に男の子をベランダに出し、鍵をかけた。
母親はそのまま外出し、夕方に帰宅すると、男の子は玄関の前で倒れた状態で亡くなっていたのだそうです。
男の子はベランダから落ちた後、自力で玄関まで登ってきたものの、そのまま亡くなってしまったのでしょう。
ベランダの下のアスファルトには、大量の血だまりがあったといいます。
これは私の推測に過ぎませんが、きっと男の子は何度もベランダの窓ガラスをノックしていたのでしょう。
母親からの反応はなく不安になった男の子は、ベランダから地上まで降りようと試みたが、誤って転落。
即死こそしなかったものの、玄関の前で「ごめんなさい」と訴えれば、お母さんがドアを開けてくれると思い、必死に玄関までよじ登った。
しかし、ドアが開くことはなく、頭を強く打っていた男の子は、その場で息絶えてしまったのではないでしょうか。
そんな、悲しい「ごめんなさい」だったのではないかと、私には思えてなりません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
※表示価格は記事執筆時点の価格です。現在の価格については各サイトでご確認ください。