開かずのコインロッカー
私の職場が入るビルの近くには、古いコインロッカーがありました。
旅行者などはほとんど来ない街なので、そのコインロッカーが利用されることはそう多くはありません。
そして、そのロッカーがあまり使われないことには、もう一つの理由がありました。
その並びに一つだけ、開かずのロッカーがあるのです。
中には人間のミイラが入っているだとか、人骨が入っているだとか。噂話もありましたが、どれもありきたりな例え話でした。
それは、ある夜のこと。
同僚との飲み会のあと、忘れ物を思い出した私は、会社までの道のりを一人で戻っていました。
「ん……?」
いつも通りロッカーの横を通り過ぎようとすると、開かずのロッカーの扉が開いているのです。
「ねぇ」
これはいい話のネタになる。酔っていたこともあり、恐ろしさよりも好奇心が勝りました。
遠目からでは、中は真っ暗でなにも見えません。
一歩一歩、ロッカーとの距離を詰めていきました。
覗いても、きっと何もない。
そうわかっていても、体がカタカタと震えてくるようでした。
そして、手が届くほどの距離まで辿り着き、ロッカーを覗き込むと……
「……はぁ、なーんだ」
思っていた通り、中には何も入っていませんでした。
ありきたりな噂話を真に受けて、一瞬でも期待した自分がバカらしくなり、ため息を吐きます。
さあ、忘れ物を取って、さっさと家に帰ろう。
屈んでいた腰を戻し、顔を上げたとき……
「ねぇ、こっちだよ」
もう一つ上の、扉が開きました。
狭いロッカーの中。青白い生首が、目の前で笑っていました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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