ひと気のない地下通路
その日、私は苦手な上司からのムチャぶりで帰りが遅くなってしまいました。
一刻も早く帰宅するため、普段は通らない地下通路を急ぎます。
もともとまばらだった人影は、出口に差し掛かるたびに減っていき、気づけば通路に残されたのは私ひとり。
心細さをかき消すために、私は脳内で「あの人、いなくなってくれないかな」と上司への不満を繰り返していました。
「ん……?」
ふと、人の気配を感じ、顔をあげた私の目に映ったのは、首からなにかのボードをぶら下げた男性の姿。
その傍らには、パンフレットのようなものを差し込んだ、キャスター付きのラックが置かれています。
「こんな時間に宗教勧誘……?」と不審に思った私は、決して男性と目を合わせないようにうつむき、足早にその人の前を通りすぎようとしたのですが
「なにか、お悩みではありませんか?」
「えっ……?」
「おんらくさまが話を聞きたいとおっしゃっています。」
「おんらくさまってなに……?」
突然話しかけられ、あっけに取られた私の頬を、なにかがサッと撫でました。
「ヒエッ……!」
ここは地下通路。風が吹き抜けるということはありません。
「や、やめてください!警察呼びますよ!」
意味も分からぬまま、精一杯の力でそう叫び、全速力で地下通路を駆け抜けました。
おんらくさま
なんとか自宅まで逃げ帰った私は辺りを確認したあと、すぐにドアの鍵とチェーンロックをかけました。
あの不気味な男が追ってきている気配はありません。
息を整えながら、「とりあえずお風呂沸かそう」と呑気に考えていると、
“ピンポーン”
チャイムの音が鳴り響きました。
「きっとあの男だ……。」
確信めいたものを感じていたのに、なぜか私は全身を震わせながらもドアスコープを覗いてしまったのです。
そこに映っているのは、あるはずのない真っ暗闇。
「え……?……ヒッ!」
次の瞬間、先ほどの男の笑顔がドアの間近に現れました。
“ピンポーンピンポーンピンポーン!バン、バン、バン!!”
「おんらくさまがあなたをお選びになりました!」
「おんらくさまがあなたをお選びになりました!」
「嫌いな上司もいなくなりますよ!」
執拗にチャイムを鳴らし、ドアを叩きながら騒ぐ男。
私は恐怖のあまりその場にうずくまり、「南無阿弥陀仏……南無阿弥陀仏……」と、頭に浮かんだ念仏を必死に唱えます。
すると、激しい音が止み、代わりにドアの向こうから男の低い声が聞こえました。
「あーあ……。おんらくさまは仏が嫌いなのに」
次の日、玄関をあけると、そこには3枚の写真が落ちていました。
どれも荒れ果てたお堂のなかで、見知らぬ神の姿を写したものでした。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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