シミのある家
私は高校生の時に一度だけ、「人ならざる者」を見たことがあります。
当時、私たち一家は、格安で購入した中古一軒家に引っ越したばかりでした。
建物自体が古かったこともありますが、安価だった主な理由は、玄関と居間をつなぐ廊下の壁に残された大きな“黒いシミ”。
見ようによっては人の顔にも見えるため、「気味が悪くて住めない」と長く売れ残っていたそうです。
しかし、幽霊や妖怪の類ををまったく信じていない両親は、「この立地と広さで、この価格は安い!」と大喜び。
ほどなくしてその家は、私たちの持ち家となりました。
壁からの視線
引っ越しから数日が過ぎた頃、私はある違和感に襲われていました。
居間から玄関へ向かうとき、その反対に、玄関から居間に入るとき。
壁のシミから、たびたび視線を感じるのです。
両親にそのことを打ち明けても、「気のせいだ」「そんなわけない」と、まともに取り合ってもらえません。
気味が悪いシミはもちろんのこと、良好な親子関係を築けていなかった当時の私は、はやくこの家から出ていきたい気持ちでいっぱいでした。
それでも、高校を卒業するまでは、ひとり暮らしなんて夢のまた夢。
「できるだけ居間には近寄らない」「シミの前を通るときは反対側の壁を見る」という対策をたて、得体の知れない気持ち悪さをやり過ごしていました。
黒い顔
事件が起こったのは、高校2年生の夏休みです。
バスケ部だった私は、最後の大会を前に、心残りがないよう一生懸命練習に励んでいました。
帰宅時間はどっぷりと日が暮れて、午後10時ごろになってしまうこともあり、時折母からチクリと嫌みを言われていたことを覚えています。
その日も夜遅くに家に帰った私は、体力の限界を迎え、つい居間のソファでうたた寝をしてしまいました。
暗く狭いところに閉じ込められる悪夢を見て、恐怖から飛び起きた瞬間。
「くさッ……!」
温泉の硫黄の香りのような、卵が腐った匂いのような、とげとげしい悪臭が鼻を突きました。
私はすぐにガス漏れを疑い、ソファから体を起こそうとしましたが、指1本すら動かすことはできません。
混乱する私の耳に、何かが地面を這う音が聞こえてきます。
「うそ……!こっちに来る……!!」
しかし、その音はソファを挟んだ奥でピタリと止まり、数秒の静寂。
「キャアアアア!!!」
姿を現したのは、クレヨンで塗りつぶしたかのように、まっくろい男の顔。
ぎょろぎょろとした目玉と、食いしばった歯だけが、やけに白く浮かび上がって見えました。
そこで気を失ってしまった私は、翌朝両親に泣きながら恐怖体験を訴えるも、もちろん信じてもらえません。
しかし数か月後、母が「黒い顔の男を見た!」と言い出し、さらに数か月後、父も私と同じような体験をしたそうです。
その後、私が高校を卒業し実家を出ると、両親はあの不気味な家を壁のシミもろとも取り壊し、新たな家を建てました。
ですが、つい最近、母からこんなメールが届いたのです。
新しい家の壁に“黒いシミ”ができている、と。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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