自殺の名所
私が住む街には、県内外から「自殺の名所」として知られている駅があります。
自殺の名所というと、なんとも不穏な響きですが、自家用車を所有している私にとっては駅自体があまり身近ではありません。
年間の死亡者数などを聞いても、どこか他人事のように感じていました。
しかし昨年、私は階段でうっかり足を滑らせ、松葉杖での生活を余儀なくされてしまったのです。
公共交通機関のありがたみを実感し、その駅も1度だけ利用したのですが、まさかあんなに恐ろしい体験をするとは思いもよりませんでした。
不気味なエレベーターホール
その日、駅を訪れた私は、1階からホームのある階に上がるためのエレベーターを待っていました。
エレベーターホールは、一般利用者が使うエスカレーターから少し離れたところにあり、人目の届かない通路の奥に配置されています。
やはり自殺の名所だからでしょうか。
駅構内、特にひと気のないエレベーターホールには、陰鬱な空気が漂っているように感じました。
“ピンポーン”
ようやくやってきたエレベーターの中には、黒いパーカーを目深にかぶった男性が立っています。
しかし、男性は扉が開いても一向に降りる気配がありません。
「えっと……?」
松葉杖が邪魔なのかと壁際に移動しても、男性は無反応。
私は仕方なくエレベーターに乗り込み、「上に行きますよ?」と一声かけ、閉ボタンを押したのでした。
怪しい男
エレベーターが静かに上昇を始めると、こちらに背を向けていた男性が、念仏のようなものを唱えはじめました。
「くろいはなおは〇〇〇……。とうげんきょうの〇〇〇……。くちたあさひが〇〇〇……。かれおばながみつめるさきは〇〇〇〇?わらしがかえる〇〇〇〇……。ささげものは○○〇…。つきがおちたら○○〇」
はじめは不審に思っていた私ですが、意味の分からない言葉を聞いているうちに、どんどん頭が混乱していきます。
私はなぜこんなところにいるんだろう。
帰りたい、帰りたい。
帰るって、どこに……?
ぼんやりとした思考の中で、光に向かって歩いていくと、突然。
“ガッ!!!”
「大丈夫ですか!?わかりますか!?」
スーツ姿の女性が、私の肩を強く掴んでいました。
“ファーーン!!!”
目の前を急行列車がものすごい勢いで通過していきます。
もし彼女が私を止めてくれていなかったら、もし足のケガがなく全速力で走れていたら、今ごろ私はとっくに死んでいたでしょう。
あとから聞いた話ですが、あの駅での自殺者は高齢者や身体障害者、ベビーカーを持った親子連れが異様に多いそうです。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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