遅くなった帰り道
これは、私が高校生の頃の話です。
文化祭を間近に控えたその日、私は友人たちと学校に居残り、模擬店の準備に精を出していました。
気づけば、時刻は午後8時。
「そろそろ帰れよー」
廊下から聞こえた担任の言葉を合図に、私たちはそれぞれの帰路につきました。
高校から、私の家まではバスで30分。
親が厳しく、塾にも通っていない私は、こんな時間に一人で出歩くことは初めて。
まるで冒険をしているかのような、かすかな胸の高鳴りすら感じていました。
バス車内にて
予定時刻から遅れること10分。
やってきたバスに乗り込むと、文化祭の準備で疲れていた私は、すぐに眠りに落ちてしまいました。
どれほど時間が経ったのでしょう。
ふと目を覚ますと、バスは私が下りるバス停の数個前に停車するところでした。
周りを見渡すと、乗客は私と初老の男性の2人だけ。
“プシュー……ガシャン”
乗降口のドアが音を立てて開きます。
しかし、男性が降りる素振りはないし、誰かが乗ってくる様子もありません。
「あれ、なんで停まったんだろう……」バスの不思議な動きに、違和感を覚えます。
“ガシャン”
何事もなかったかのようにドアは閉じ、バスは再び走り出します。
しかし、数百メートルほど行ったところで、またバスは停車してしまいました。
もちろん私も男性も、降車ボタンは押していません。
誰もいないバス停で、ドアが開閉し、また走り出す。
そんなことを数回繰り返し、ついに男性が「我慢ならない」といった表情で、運転席に近づいていきました。
「なに、ちんたら運転してんだ!誰も待ってねーだろ……ヒッ……!」
なにかに驚いた様子の男性が、顔を真っ青にして、ふらふらと元の座席へ戻っていきます。
「なんまんだぶ……、なんまんだぶ……」
怯えたように身を縮め、手を合わせながら必死に念仏を唱える男性。
その異様な光景と、運転手のおかしな行動で、私はすでに恐怖のどん底へ叩き落されたような気分でした。
乗っていたのは……
とても長い時間が経ったような気がします。
しかし、実際は数分のことだったのでしょう。
ようやく自宅近くのバス停に到着し、私は逃げるように席を立ちました。
そして、車内前方で運賃を支払うとき、見てしまったんです。
フロントガラスに映った、こちらを見つめるたくさんの人影を。
それから私はバスに乗るとき、決してフロントガラスを見ないようにしています。
そうでないと、この世のものではない何かと目が合ってしまうかもしれないから。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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