いったい誰が……?
それから2週間ほど経ったある日、郵便ポストを確認すると、また父からの手紙が投かんされていることに気が付きました。
「××子(私)は元気か?こっちは楽しくやってるぞ」
たしか、そんな内容が書かれていたと思います。
再び届いた手紙に喜ぶ母を見ながら、私は背筋が寒くなるような感覚を覚えました。
「いったい誰のいたずらなんだろう。私たちの名前も知っているなんて……」
顔見知りの住民にそれとなく聞いてみても、周辺で不審な人物が目撃されたことはないようです。
その後も、亡き父からの手紙は、月に数回のペースで投かんされ続けました。
衰弱していく母
母の様子が変わり始めたのは、2人暮らしを始めて1年が経った頃からです。
シャキッとしていた背筋は曲がり、足腰が悪くなって、トイレやお風呂に行くのも苦労するようになりました。
つい5年前までは習字の先生をしていたのに、この頃メモ書きの文字は震えていて、文字の判別も難しいくらいです。
やはり、高齢の母をあのまま一人きりにさせておかなくてよかった。
介護生活は決してラクではありませんでしたが、私の心は「人生の最後に親孝行ができた」という充足感に満たされていました。
大きな病気はなかったものの、日に日に衰えていく母が息を引き取ったのは先月の半ばのことです。
母は父からの手紙を胸に、眠ったまま亡くなっていました。
広くなった部屋、届いた手紙
それからは役所での手続きやお葬式の準備など、慌ただしく日々が過ぎていき、ようやく落ち着いたときには既に1週間が過ぎていました。
元々は、夫や子供たちと暮らしていた広い部屋。
がらんとした空間に寂しさを感じますが、じきにこの広さにも慣れることでしょう。
父からの手紙は、母が亡くなると同時にぱったりと届かなくなりました。
しかし先週、別の人物から2通の手紙が投かんされていたのです。
1枚は元気だったころの母の美しい文字で書かれた手紙。
「天国は楽しい。お父さんとも再会できたよ。××子ありがとう」
そして、もう1枚には、死に際の母の震える文字で書かれた手紙。
「うそつき。しんじてはいけない」
私には震えた文字の手紙が、本当の母からの手紙に思えて仕方がありません。
いや、実際はどちらも私を惑わすための偽物なのでしょうか。
私は今も、震えた文字の手紙を大切に保管しています。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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