母との暮らし
母と再び暮らし始めたのは、一昨年の春のことです。
2人の息子がそれぞれ所帯をもち、私は長年連れ添った夫との離婚を決意しました。
夫婦で購入したマンションには私が残ることとなり、地元で一人暮らしをしていた高齢の母に同居を持ちかけたのです。
このマンションには、かれこれ30年ほど住んでいるでしょうか。
それなりに築年数が経過しているので、もちろん外壁や水回りには年季が入っています。
しかし、都会のわりに窓から見える景色には緑が多く、病院や市役所も近いこともあり、母は喜んで引っ越してきてくれました。
入居当時からこれまで、特にご近所トラブルやマンションの退去を考えるような出来事は起こっていないのですが……。
ひとつだけ、数年前から不審に思っていることがあります。
それは、マンション1階に備え付けられた郵便ポストに、ときどきおかしなチラシが入っていること。
不審な投かん物
そのチラシには一貫性がなく、たとえば聞いたこともない神様への信仰を促すものだったり、知らない人の顔写真が紙いっぱいに印刷されたものだったり。
日本語で書かれているのに、まったくのデタラメで、意味が分からない文章のこともありました。
どれも気味が悪く、すぐに捨ててしまっていたのですが、母がこちらに移ったころからは、さらにおかしなものが投かんされるようになったのです。
それは、20年以上前に亡くなった父からの手紙でした。
父からの手紙
父は交通事故にあい、60代前半という若さで亡くなりました。
私と元夫の冷え切った関係とはちがい、父と母はまさにおしどり夫婦。
大切な人を突然失ってしまった母の悲しみは、筆舌に尽くしがたいものでした。
そして、そんな父から届いた手紙とあれば、母の喜びようもまた想像に難くないでしょう。
「○○(母)、置いていってすまなかった」
短い文章を何度も読み返しては、「これは天からの贈り物だ」と、涙を流す母。
私はもちろんこの手紙が父からのものだとは思えませんでしたが、老い先短い母に現実を突きつけるようなことはできません。
角ばっているのに伸びやかな文字は、確かに父の文字と似ていたこともあり、「母が心穏やかにいられるなら」と、そのまま手紙を放置していました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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