待合室の女の子
入院中の父の見舞いに、週に数回ほど病院を訪れていた頃の話です。
何度か足を運ぶたびに、ふと気付いたことが。待合室には、いつも一人でポツンと座っている女の子がいたのです。
女の子はイスに座って足をぶらぶらさせ、とくになにをしているわけでもありません。
入院服を着ているため、この病院に入院している子なのでしょう。
退屈な病室を抜け出し、たくさんの人が行き交う待合室で時間を潰しているのかもしれません。
しかし気になるのは、周りの誰一人としてその女の子を興味が無いようなのです。
その女の子の姿を見かけるたびに、私はだんだん不憫に思えてきました。
女の子の親御さんは、一体なにをしているのだろうか。ろくに見舞いにも来ず、女の子は寂しく思っているに違いありません。
私はある日、女の子に話しかけてみることにしました。
「いつもここにいるね。病院って、退屈だもんね」
なるべく笑顔を心がけて話しかけると、女の子は驚いたようにこちらを振り返りました。
しかし、どこかぎこちないながらも“ニコッ”とはにかんでみせたのです。
言葉こそ返ってきませんでしたが、女の子の嬉しそうな反応に私も心が温かくなりました。
こっちであそぼ
明くる日も、女の子は待合室に座っていました。
その日はなにやら辺りをキョロキョロと見回していて、私の姿に気が付くと、こちらに駆け寄ってきました。
そう、どうやら私のことを探していたようなのです。
「こんにちは、今日も退屈していたのね」
嬉しそうに私の足にしがみつく女の子を微笑ましく思いながら、話しかけました。
女の子は笑顔を浮かべ、私から離れようとしません。
やがて“ぐいぐい”と女の子が引っ張るままに、私はその後をついていきました。
「どこにいくの?」
女の子は嬉しそうにはしゃぎながら、ある病室に私を連れてきました。
ここが、女の子が入院している病室なのでしょうか。
季節は、春真っ盛り。女の子の病室からは満開の桜が覗き、窓の景色はまるで絵画のよう。
開いた窓からは春の穏やかなそよ風が流れていました。きっと、この景色を私に見せたくて、連れてきたのでしょう。
「わあ、キレイだねぇ」
その美しさに見とれ、窓枠に両手をついたそのとき。
「きゃっ……!」
突然、目に見えない物凄い力が、私の体を窓の外へと引きずりはじめました。
届かぬ叫び
「たっ、たすけて!」
この病室は3階。
もし転落したら、命の保証はない高さでした。
女の子にも、必死にもがく私の様子は伝わっているはず。
しかし、一向に手を貸してくれることもなく、誰か周りの大人を呼んできてくれる様子もありません。
そうして私が「たすけて、たすけて!」と必死に叫んでいると、突然、耳元で……
「おねえちゃんと、もっといっしょにいたい」
小さな女の子の声が、囁かれました。
無垢な子供心
その後、私の叫び声に気付いた看護師さんが病室に駆け付けてくれ、事なきを得ました。
看護師さんには一部始終を説明しましたが、頭のおかしな人間だと思われたのでしょうか、キツく注意を受けることに。
それ以降、女の子の姿を見かけることはありませんでした。
これは私の推測ですが、女の子は、以前この病院で息を引き取ったのではないでしょうか。
きっと自分が亡くなったことを受け入れられず、いつもこの場所で寂しく過ごしていた。そんな中で、自分の存在に気付き、話しかけてくれたことがよほど嬉しかったのではないか、と。
女の子は、私を道連れにしようとしたのだと思います。
しかしそれは悪意などではなく、ただ「もっといっしょにあそびたい」といった、純粋な子供心からくるものだったのかもしれません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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