ドアの前の女性
当時、一人で住んでいたマンションでの出来事。
外出から戻り、エレベーターで自分の部屋があるフロアへと向かいました。
私の部屋はエレベーターを降りて、つきあたりのところにあります。
エレベーターを降りると、誰かが立っているのが見えました。
20代くらいの女性でしょうか。ドアの方向に向いて立っているため、その顔は見えません。
「そこにはつい最近引っ越しがあったから、今は入居者がいないはず。なのになんで?」という気持ちはありました。
しかし、それ以上はとくに気にも留めることなく、その日はそのまま自分の部屋へと入ったのです。
翌日も、その女性は部屋の前にいました。
とくになにかをしている様子もないのですが、ただ黙ってドアを向いて立っているのです。
「もしかして、少しおかしな人……?」などと考え、なるべく関わらないように物音を立てずその場を後にしました。
気付かれた
明くる日も、女性はあの部屋の前にいました。
私はなんだか恐ろしくなり、また忍び足でその場を後にしようとしましたが……
“ガシャン”
持っていた傘を落としてしまい、物音を立てると……
「ひぃ……っ!」
女性は、首を“ぐるん”と真後ろに回し、こちらを振り返りました。
初めて見る女性の顔は、異様そのもの。
皮膚はしわくちゃで、目は落ち窪み、ぽっかり開けた口元は歯が全くないのでしょうか……全体的に“だらん”と垂れ下がった印象でした。
恐ろしくなり、私は慌てて部屋へと入りました。
しかし……
“ピンポーン”
室内に鳴り響く、ドアチャイムの音。
まさかと思い、ドアスコープを覗くと……
「っひ、ひぃいいっ!」
あの女性が、険しい表情でドアの前に立っていました。
監視カメラ
しばらくすると女性の姿はなくなっていましたが、また時間が経てばチャイムが鳴り、そんなことが数日ほど続いたのです。
「こんな不審者に目をつけられては、適わない……」私は、マンションの管理人に話をしにいきました。
すると管理人は、意外な言葉を口にしたのです。
「あなたも、ですか……」
なんでも、最近引っ越してたあの部屋の住人。
その住人も私と全く同じことを、何度も訴えにきていたのだといいます。
しかし、監視カメラを確認しても、あの女性の姿は一切映っていなかったのだと。
住人は「そんなはずはない」と、何度も話をしにきたようでしたが、ついには退去してしまったようです。
管理人は、きっと住人の“被害妄想”だと思っていたといいます。
それも当然です。監視カメラには女性の姿など映っていないのだから……。
その場で私の映像も見てもらいましたが、やはりそこには女性の姿はなく、ただマンションのフロアで怯える私の姿だけが映っていました。
管理人からは「実態のない存在だから、気にしなければ大丈夫」と笑いながら引き止められましたが、そんなふうに思えるはずもありません。
私もその後すぐ、部屋を引き払いました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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