新居
これは私が大学進学を機に、初めて親元を離れて一人暮らしをはじめたときのお話。
その日は、アパートで過ごす初めての日でした。
引越し業者が荷物を運んでくれるのは明日。
両親も引っ越し作業を手伝ってくれるということで、前乗りして3人でこのアパートで寝泊まりをすることに。
父親が記念に写真を撮ろうと、インスタントカメラを使って何枚か写真を撮りました。
当時は今ほど携帯電話も流通しておらず、こういったインスタントカメラでの記念撮影が主流の時代です。
父親からの電話
無事に引っ越しも終了し、アパートでの生活が始まって一週間ほどが経った頃、父親から電話がありました。
最初はなにやらモゴモゴと言い淀んでいたようでしたが、よく聞くと「心霊写真が撮れてしまった」とのこと。
どうやら、あの引っ越しの前日に撮った写真のことを言っているようです。
私は心霊の類を全く信じていなかったため、父親の言葉も話半分で聞いていました。
しかし父親は、「危ない部屋かもしれない」「今からでも別の部屋にしたほうがいいんじゃないか」と話すのです。
せっかく大変な思いをして終わらせた、引っ越し作業。
今からもう一度、あんなめんどうなことをしたくはありません。
父親はなにやら納得がいっていないようでしたが、「大丈夫だから、心配しないで」と話を終わらせ、電話を切りました。
息苦しさに目が覚めて
その日の夜中、妙な寝苦しさに目を覚ましました。
どこか息が苦しく、うまく呼吸ができないような感覚がしたのです。
「けほっ、けほっ」
苦しい喉を抑えながら、台所へ水を飲みに向かいました。
すると徐々に呼吸もスムーズになり、落ち着きを取り戻します。
しかし再び布団へ戻ると、またもや呼吸が乱れ始めました。
先ほどよりも強い息苦しさに、私は本格的に焦りを感じはじめます。
「救急車を呼ばなくては」と電話へ手を伸ばしますが、あと少しのところで指が届きません。
そうして電話へと手を伸ばしながら、薄れゆく意識の中、ぼんやりと視界に捕らえたのは……
「なっ……だ、だ……れ……っ」
部屋の角に立つ、髪の長い女性の姿でした。
いや、正確には、立っているのではありません。
女性は部屋の隅で、首を吊ってぶら下がっていたのです。
あの写真にも……
目を覚ますと、朝になっていました。
眠ったというよりも、気絶したのでしょう。
目覚めは良くありませんでしたが、昨夜の死を意識する苦しさを思うと、無事に生きている事実に安堵し涙が溢れます。
私はすぐに父親に電話し、例の写真のことを尋ねました。
するとやはりあの写真にも、髪の長い女性のようなものがぼんやりと写っていたというのです。
そう、私が見たのと同じように、あの部屋の角に……。
父親は今日神社へ行き、その写真をお焚き上げするつもりだったのだといいます。
もちろんその写真はお焚き上げを頼み、合わせて私はすぐにその部屋を引き払うことを決意しました。
そのアパートが今はどうなっているかはわかりませんが、私の人生での心霊体験は前にも後にもあの一度きり。
もう二度と、あのような体験はしたくありません。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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