機械的な音声
最近SNSなどで、音声読み上げソフトを使用した動画をよく目にしますよね。
私、あの機械的な声がどうも苦手なんです。
本当は存在しないのに、なぜだか無性に人を惹き付ける魔力めいたものを感じてしまって……。
きっかけは、社会人2年目の冬に起きた出来事。
残業を終えた私は、駅の改札を出て地下歩道を歩いていました。
薄暗く、人の少ないその道は、社会人になりたての頃こそ不気味に思えたものですが、2年近く通っていればどうということはありません。
私はいつものように出口に向けて、淡々と歩みを進めます。
地下歩道の曲がり道
もうすぐ曲がり角に差し掛かる、そんなときに道の先から男性の楽しそうな話し声が聞こえてきました。
「いやあ、そうなんですよ。ははは、参ったもんです」
壁に設置された衝突防止用のミラーを覗くと、スーツ姿の中年男性がスマートフォンを耳にあてながらこちらに向かってきています。
私は話に夢中の男性とぶつからないよう、そっと壁際に寄り、角を曲がりました。
「うん、うん、それはあれでしょ?……ん?あれ?あれ?あれ?あれ?」
壊れたおもちゃのように、同じ言葉を繰り返す男性。
背後から鈍い音がして、私は思わず後ろを振り返りました。
「あれ?あれ?あれ?」
彼は、曲がり角に気づいていないかのように正面の壁にへばりつき、そのまま何度も頭を打ち付けます。
堅い壁面には、真っ赤な血。
突然どさっと横に倒れた彼を見て、私は慌てて声をかけました。
「だ、大丈夫ですか!?」
倒れた男性と携帯電話
男性は痙攣を起こし、額からは鮮血が溢れています。
気が動転した私は彼のスマートフォンを拾い上げ、通話の相手にこう伝えました。
「すいません!この人、急に倒れてしまって!!いま救急車を呼ぶので……」
『37分……ピ、ピ、ピ、ピー、ただいまの時刻は午後9時37分……』
聞こえたのは、抑揚のない機械的な女性の声。
スマートフォンを耳から離し画面を見ると、そこに表示されていたのは「117」という時報専用ダイヤルの番号でした。
私は混乱したまま電話を切り、自分の携帯で救急車を呼びます。
駆け付けた救急隊に運ばれていった男性のその後は分かりません。
なぜ彼が、時間を告げるだけの機械音声と楽しげに話していたのかも謎のまま。
しかし近頃、音声合成ソフトを利用した歌や動画が巷に溢れ、たくさんの人がその声に魅了されている状況を鑑みると、やっぱり機械音声には人を狂わす魔力があるんだろうな、と感じるのです。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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