場所に残る記憶
皆さんは幽霊の存在を信じていますか?
私は幽霊や妖怪といったものこそ信じていませんが、その場所に残る「記憶」がなんらかの拍子で関係のない人間にも見えてしまうことはあるんじゃないかな、と思うのです。
というのも、私自身こんな体験をしたことがあるから。
その日、私は出張先のビジネスホテルで妻に電話をかけていました。
「無事にT県に着いたよ。明日は取引先のところで打ち合わせをして、そのまま家に帰るから」
そんなことを伝えたと思うのですが、どうも妻の様子がおかしくて。
私の言葉を上の空で聞いているような、なにか重大な考え事をしているような、そんな違和感があったのです。
「なぁ、なんか変だよ。どうかした?」
『……あなたが話している後ろで、シャワーの音が聞こえるんだけど。まさか、浮気しているんじゃないでしょうね?』
妻の疑い
あらぬ疑いを掛けられて、驚きました。
部屋には私一人ですし、シャワーはもちろん、テレビすらついていない室内には静寂が広がっています。
「浮気なんてしないよ。第一、そんなタイミングで電話を掛けるわけがないじゃない。こっちの電波がおかしいのかな?」
まだ納得がいっていない妻のため、私は通話をテレビ電話に切り替えました。
乾燥したユニットバスを撮影し、念のため人が隠れられそうなクローゼットの中やベッドの下も覗きます。
「音はどう?普通に戻った?」
『まだシャワーの音がしてるけど、やっぱり電波のせいかしら』
落ち着きを取り戻した様子の妻に安心し、私は通話を終えました。
深夜の異変
夕飯のあと、私はホテルの最上階に設置された大浴場で汗を流しました。
先ほどの妻の言葉が引っ掛かり、部屋のユニットバスはなんとなく使いたくなかったのです。
こうして1日を終え、早々に布団にくるまった私ですが、朝まで安眠というわけにはいきませんでした。
深夜にふと目を覚ますと、暗い室内にシャワーの降り注ぐ音が響いているのです。
体を起こそうにも、指先まで固まっていてまったく動けません。
“バン、バン”
ベッド脇で大きな音が聞こえました。
視線だけそちらに向けると、黒い人が必死に窓を叩いています。
「……助けてっ!お願いッ!!!」
女性の叫び声が聞こえ、私は意識を失いました。
ホテルの過去
翌朝、逃げるようにホテルを出た私は、取引先との打ち合わせで驚愕の事実を知ることになります。
「え?あのホテルに泊まったんですか?この辺じゃあ有名な心霊スポットですよ」
どこか嬉しそうな顔で、彼は続けました。
「あそこ、今のホテルが入る前は、別の企業が運営するホテルだったんですけど、大規模な火災事故を起こしちゃって。いまでも黒焦げの幽霊が現れるそうですよ」
あのシャワーの音は、迫りくる炎に抵抗した女性の記憶だったのでしょうか。
今もT県で営業を続けているそのホテルでは、時折スプリンクラーが誤作動を起こすそうです。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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