格安の部屋
あの部屋にはじめて足を踏み入れたのは、4年前の春の日。
新しい家を探していた私は、「条件にピッタリの家がある」と言う不動産屋に連れられてそのアパートを訪れたのです。
職場に通いやすい場所で静かな町、築浅で家賃ができるだけ安いところ、というのが俺の出した条件でした。
「こちらのお部屋は、アパート内でも特別なお家賃で提供しております」
「相場よりかなりお手頃なのですが、先日空きが出たばかりでおすすめの物件ですよ」
親しみやすい笑顔を浮かべる不動産屋。
しかし、私は大きな不安を感じていました。
「安い理由って、もしかして事故物件とかですか?」
「いえいえ、そういうことではございません。実はこのお部屋、クローゼットが一部使用できない状態になっておりまして……」
不動産屋の案内で、キッチンの奥にある洋室へと向かいます。
確かに彼の言う通り、3つのドアが並ぶクローゼットの内、一番窓際のドアは固く閉ざされていました。
開かずのクローゼット
「以前、修理業者も呼んだのですが、どうしても開けられず……。このクローゼットが原因でこちらのお部屋は格安なのです」
そういう理由なら、と私は迷わずその部屋を契約しました。
もともと持ち物は少ない方で、たとえクローゼットが使えなくても収納には困らなかったのです。
新居での生活は穏やかに過ぎていき、半年ほど経った頃。
空き部屋だった隣の家に、いつの間にか男性が移り住んできていました。
私は介護施設で夜勤の仕事をしており、「日中うるさくされると寝れないなぁ」などと思っていたのですが、むしろ苦情を入れられたのは自分の方で。
「毎晩毎晩、夜中に壁を叩くのはやめてもらえませんか……」
目元にクマを貼りつけた男性が恨めしそうに俺を見ます。
しかし私にとってはそんなこと、寝耳に水。
前述した通り、私は夜中は仕事に出ていますし、日中でも壁を叩いたことなどありません。
隣人と話をしていくうちに、我々はさらに奇妙なことに気が付きました。
どうやら、彼が訴える壁を叩く音は、私の部屋にある「開かずのクローゼット」の位置から聞こえているようなのです。
部屋の壁を叩く者
隣人にも自室を確認してもらい、私たちは謎を解明できないまま解散しました。
それからしばらくして、彼は再びどこかへ引っ越していったようです。
しかし当の私は、部屋の中で物音を聞いたり、なにかの存在を感じたりすることは一切なく、そのままあの家に住み続けていました。
正直な話、男性が訴えた音は彼の幻聴だったのじゃないかと思っていたほどです。
そして3か月前、私は転職したことをきっかけにあの家を出ることに。
無事に引っ越しも終わり、新しいマンションにも慣れてきたころ、隣の部屋に住んでいた女性からこんなことを言われました。
「あの、私なにか気に障ることをしましたか?」
「え?どういうことでしょうか?」
「……毎晩、深夜に部屋の壁を叩いていますよね」
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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