霊感のある母
これは、私の母が20代のときに体験した話です。
当時、母が住んでいたマンションと最寄り駅の間には歩道橋が立っており、そこを通って通勤するのが一番の近道だったそう。
しかし、母はわざわざ遠回りをして自宅と駅を往復していました。
なぜなら歩道橋に上がったとき、ちょうど正面に見えるビルの2階の窓際に、いつも血の気のない女性が佇んでいたから。
幼いころから霊感があった母にはその人がハッキリと見えていましたが、同時に「あれは人間ではない」と確信していたそうです。
歩道橋
その日、母は急いでいました。
前日の夜に開かれた同窓会でお酒を飲みすぎ、うっかり寝坊してしまったのです。
身支度もままならないまま自宅を飛び出した母は、いつもは避ける歩道橋を駆け上がりました。
決してあの窓を見てはいけない……。
目線を足元にやり、心の底から湧き上がる恐怖を抑えて歩道橋を渡ります。
そして、下りの階段に足をおろそうとしたとき、頭上からこんな声が聞こえました。
「行かないで……」
それは、地獄から響いてくるような女性のしわがれた声でした。
ハッとしてビルの窓に目をやると、あの女性が首を曲げてじっとこちらを見下ろしています。
足がすくんで動けなくなった母を正気に戻したのは、耳をつんざく車のブレーキ音。
“ギギィ!!ドシャーン!!!”
母が下りようとしていた階段に、乗用車が猛スピードで突っ込んだのです。
母の思い
あの時足を止めていなければ、事故に巻き込まれていた……。
母は女性の幽霊に大変感謝し、これまで怖がっていたことの謝罪も込めて、ビルに花束を供えに行きました。
「本当に助かりました。ありがとうございました」
いつも女性が立っている窓の真下にあたる位置にしゃがみこみ、そっと手を合わせる母。
「行かないで……」
再びあの女性の声が聞こえた瞬間。
「危ない!!!」
“ギギィーーー!!”
ガードレールを突き破って、ゴミ収集車がビルに衝突しました。
母は通行人に助けられて間一髪難を逃れましたが、その道は見通しが良く、立て続けに起こる事故に駆け付けた警察官も首をかしげるばかり。
「この世に未練を残した者のいうことなんか、絶対に聞いてはいけないのよ」
それから30年が経った今も、母は口癖のように私にこう言い聞かせるのです。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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