親切なビジネスホテル
最近のビジネスホテルは、ファミリー層を取り込むために、以前よりサービスが良くなっているそうですね。
客としてはありがたい限りですが、格安なのにやたらと親切なホテルには気を付けたほうがいいですよ。
顧客満足度の向上とは別に、なにか恐ろしい理由があるかもしれないので。
あれは5年前の夏、H県のビジネスホテルに泊まったときのことです。
そこは建物自体は古いものの、改装されたばかりとあってこじゃれた雰囲気のホテルでした。
日中、取引先との打ち合わせがあった私はスーツケースを預けておこうと、チェックイン時刻の前にそのホテルを訪れたのです。
「今日、宿泊する○○ですけど、荷物を預かってもらえますか?」
「かしこまりました。もしよろしければ、お荷物はご宿泊いただくお部屋までお持ちいたしますよ」
安い割に気の利くホテルだなぁと感心しつつ、男性に礼を告げてロビーを後に。
数時間後、仕事を終えた私は先ほどと同じ男性が立つフロントで、チェックインを済ませました。
「お客様。こちら、蒸気で暖まる使い捨てのアイマスクです。アロマの香りでゆっくりとお休みになれますよ」
ホテルのロゴが入った小袋を手渡し、微笑む男性。
私はそんな“おもてなしの心”に感動しながら、エレベーターへと乗り込みました。
廊下の視線
宿泊する部屋のある階に到着し、ドアがゆっくりと開きます。
「ん……?」
エレベーターから足を踏み出したとき、私はある違和感を覚えました。
たくさんの部屋が立ち並ぶ、長い廊下のつきあたり。
小さく見える白い壁から、何者かの視線を感じたのです。
私は不思議に思いつつも、たいして気に留めることはなく、フロントで受け取ったカードキーを使って自分の部屋に入りました。
しかしその晩、おかしな夢を見たのです。
私はホテルの廊下に立っていて、あの白い壁を見つめています。
ふっと照明が消え、再び明るくなると、廊下の先にはひとりの女性が立っていました。
一歩、また一歩、女性がこちらに近づいてきます。それと同時に、風船のようにどんどん膨らんでいく女性の顔。
女性と私の距離は残りわずか1メートル、すでに女性の顔は天井につくほど大きくなっていました。
“パァン!!”
「はッ!!……」
最悪の目覚め
女の顔が破裂した瞬間、私は目を覚ましました。
全身に大量の汗をかいており、再び眠りにつけるような心持ちではとてもありません。
もう一度シャワーを浴びようと体を起こすと、廊下に人の気配。
物音を立てぬよう、そっとドアスコープを覗きます。
「ヒッ……!」
立っていたのは、無表情でじっとこちらを見つめる中年のホテルマン。
その後、一睡もできずにチェックアウト時間を迎えた私は、荷物を抱えて足早にロビーへと向かいました。
フロントにはやはりあの男性。
「おくつろぎいただけましたか?」
ねばついた猫なで声に、私は素っ頓狂な声をあげて、ろくな返事もしないままそのホテルを後にしました。
やっぱり格安なのに高品質なんて、うまい話はないのでしょうね。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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