アルバイト
当時、私は都内の学校に通う大学生でした。
こう言うとなんだか聞こえはいいですが、地方出身で親からの仕送りもなかった私にとって、その生活は厳しいもので。
生活費をまかなうために、さまざまなアルバイトを掛け持ちしていましたよ。
コンビニ、居酒屋、引っ越し業者……。
そんな私が不可解な体験をしたのは、宅配ピザの配達員をしていたときです。
その日はとても忙しく、ひっきりなしに入る注文をさばくため、配達から戻っては休む間もなくまた店を出ることを繰り返していました。
ざあざあとアスファルトを打ち付ける雨。
視界の悪い夜道をヘッドライトの明かりを頼りに原付バイクで駆け抜けます。
時刻が20時を回ったころ、次に指定された配達先は店から10分ほどの距離にある15階建てのマンションでした。
(ここ、元カノが住んでいるところだ……)
私は気まずいような、照れくさいような、そんな気持ちを抱えてバイクにまたがりました。
配達先のマンション
マンションに到着するなり、制服の帽子を深くかぶり直した私。
配達先の部屋は13階で元カノが住んでいる階とは違いますが、うっかり鉢合わせてしまったら……と思ったのです。
ピザを濡らさないように気を付けながらエントランスに入り、エレベーターのボタンを押します。
ピンポーン。
カゴは1階に止まっていたようで、すぐに扉が開きました。
「お、ラッキー」
そう呟きながらエレベーターに乗り込んで、扉の脇にあるボタンを操作します。
カゴが上昇していくのを感じながら、私はただ静かに足元を見つめていました。
13階
13階に到着し、部屋番号をあらためて確認します。
エレベーターを降りてすぐの部屋のチャイムを鳴らし、ピザの受け渡しは1分もかからずに完了しました。
「ありがとうございます!またお願いします」
笑顔で玄関を去り、足早にエレベーターへと向かいます。
ピンポーン。
すぐに開いた扉。
どうやらカゴは私が降りた時のままだったようです。
この分なら元カノと顔を合わせることはないだろう。
私は胸をなでおろしながらエレベーターに乗り込みました。
エレベーターの中
ドアの間近に立ち、頭上に表示された階数を見つめます。
12、11、10……。
ほどなくして1階に到着し、ドアが静かに開きました。
エントランスに人の姿はなく、降り続く雨の音だけが小さくこだましています。
はやく店に戻ろう。
そう思って足をあげた時、背後から聞こえた女性の金切り声。
「どいてッ!!!」
強い力で突き飛ばされた私の横を、全身黒ずくめの細長い女が通り過ぎていきます。
「ビックリしたぁ……」
帽子を目深にかぶっていたせいでしょうか。
エレベーターの中に人がいたことにまったく気が付きませんでした。
「……いや、まてよ。あの人、いったい……」
…いつから乗っていたんだ?
私が13階に到着して、再び乗り込むまでの間に、誰かがエレベーターを使用する音は聞こえませんでした。
つまり、あの人は私が最初にマンションに到着したときから、カゴの中にいたことになります。
なぜ、そんなことを……?
その日のシフトが終わるまで、私は背筋がぞっとするような気持ち悪さを拭うことができませんでした。
(寺本光/男性/40代)
※この記事は読者から寄せられた体験談を元に、一部編集を加えて作成しています
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