午後のトンネルで聞こえた音
駅から自宅へ帰る途中にあるトンネルは、長さ十数メートルほど。
向こう側の出口がはっきり見えるほど短い生活道で、地元の人しか通らない小さな通路だ。
壁にはノミで削ったような跡がぎざぎざと残り、手掘り時代の名残を感じさせる。
ある夏の午後、そこを抜けようと足を踏み入れた瞬間、「カン、カン」と乾いた音が反響した。
山仕事か、木を切る音かと思ったが、規則正しい響きはどう聞いても岩を削る音に近い。
しかも、それは確かに自分の後ろからついてくる。
振り返っても人影はなく、出口を出た瞬間に音はぴたりと止んだ。
反響のせいだと自分に言い聞かせた。
だが何度も通るうちに、午後になると必ずあの音が響くことに気づいた。
増えていく削り跡
ある日、怖さを押し殺して壁を見つめると、昨日はなかった新しい削り跡が刻まれていた。
石の粉はまだ白く残り、指で触れると簡単に崩れ落ちる。
ぞっとした。あの音は、やはり誰かがノミで掘り続けている音なのだ。
それから通るたびに「カン、カン」という音は大きくなり、削り跡は深くなっていった。
ときには低いうめき声や石の崩れる気配まで混じる。
もちろん振り返っても誰もいない。
外はまだ明るい午後のはずなのに、トンネルの中は別世界のように薄暗い。
やがて傷はただの線ではなく、意味を持つ文字に見えはじめた。
最初は無秩序な傷だったものが、ついに「タスケテ」と読める形になったとき、心臓が大きく跳ねた。慌てて外へ飛び出したが、耳の奥にはまだ「カン、カン」という音が残響していた。
刻まれるのは
後日、近所の古い住人に打ち明けると、昔そのトンネルの工事で崩落事故があり、数人の作業員が閉じ込められたまま亡くなったのだという。
午後の光が差すころになると「掘る音がする」と噂され、子どもの頃から誰もが恐れていたと笑い混じりに語った。
数日後、確かめるつもりで再び足を踏み入れると、音は待ち構えていたかのようにすぐ鳴り始めた。
壁には新しい跡がびっしりと刻まれ、その中に見えたのは、他でもない自分の名前だった。
血の気が引き、出口まで駆け抜けた。
だが背後からはまだ「カン、カン」という音が追いかけてくる。
見間違いだと信じたい。
だがあの日から、あのトンネルだけはどうしても通れない。
午後の暗がりの中で、今も誰かが掘り続けているのだから。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆斎 透(さい とおる)
noteにて短編小説を執筆中の、犬と暮らすアラサー女子です。
やるせない夜にそっと寄り添うような文章をお届けしています。
幼い頃から、オカルト好きな母と叔母の影響で、不思議な話に夢中に。
「誰でも一つは、背中がひんやりする話を持っている」をモットーに、
ゾッとするけど、どこか温度のある物語を綴っています。
美容やキラキラした話題に疲れた夜、よければ一編、覗いてみてくださいね。
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