保健室登校
中学生の頃、保健室登校をしていた時期がありました。
朝、遅刻して学校には行くんですけど教室には行けず、保健室で過ごしていました。
担任の先生も保健室の先生も、無理に教室へ行きなさいとはいわないでいてくれて。
そんな風になって半年くらい経った頃、4時間目の途中だったと思います。
保健室の先生に、「理科室に置いてあるプリントを取ってきてもらってもいい?」と頼まれたんです。
「今の時間、あっちの棟はどこのクラスも使ってないから。誰にも会わないと思うよ」
ためらう私に、先生が優しく言い添えました。
そんなふうに気づかわれると逆に断れませんよね。
無人の校舎
特別棟はしんとしていて、たしかに人の気配がしませんでした。
みんなが授業を受けている教室棟とは距離もあるし、本当に誰にも会わずに済みそうだとほっとした時です。
「えっ」
理科室へ続く階段を上がりきった先に流しがあって、その前に一人、女子生徒が立っていました。
人いるじゃん。先生の嘘つき。
保健室の先生を心の中で詰りながら、気まずく足を止めます。
ああ、もうみんな夏服なのかと、なんとなくさみしくなったのを覚えています。
彼女の白いシャツが眩しくて、取り残されたような気分で私はブレザーの袖に指を隠しました。
彼女が流しを使い終わるのを待ちながら、あれ、と思いました。
後ろ姿になんとなく見覚えがある気がしたんです。
肩までのつやっとしたボブヘアに快活そうなクルー丈の白ソックス。
同じクラスの子? でも、あんな感じの子いたっけ?
踊り場で息を潜めていたら、視線を感じたんでしょうか。その子がふりむいて、顔が見えました。
教室に行けていた頃の私でした。
ドッペルゲンガー?
ぎょっとする私と対照的に、彼女は泰然とした様子でこちらを見つめてきます。
そのまま少し首を傾げて、何か言いかけるみたいに口を開きました。
思わず身構えた、その時です。
廊下の奥で、誰かに名前を呼ばれたような気がしました。
私には声が聞こえづらくて。
でも彼女ははっきり反応して、「あ、今行く」と言って、くるりと身を翻すと廊下へ走っていったんです。
反射的に、私も追いかけました。
でも、廊下には誰もいませんでした。
教室の扉はどれも閉まっていて、逃げ込める場所なんてありません。
振り返ると、さっき彼女がいた流しだけが濡れて光っていました。
あれって、ドッペルゲンガーだったんでしょうか。
ドッペルゲンガーに会ったら死んじゃうっていうけど、もう彼女、私と別の人みたいでした。
だから見逃してくれたのかな?あれから何年も経つけど、ふつうに生きてますし。
中学は結局、テストだけは教室で受けられるようになったけど、最後まで保健室登校でした。
だから、私は中学の思い出ってあんまりないんですけど、彼女は違う青春があったのかもって思います。
そう考えると、ちょっと羨ましいんですよね。
※この物語はフィクションです。
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◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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