ベランダのお姉ちゃん
子どもが4歳の頃、家族で築年数の古い団地へ引っ越したんです。
引っ越しの日、部屋のベランダの隅に小さな木の踏み台が取り残されているのをみつけました。
管理会社へ確認すると、「前の住人の方が置いていかれたものです。不要でしたら処分してください」とのこと。
娘が気に入ってしまって、「お花にお水あげるとき使う!」と言うので、そのまま置いておくことにしました。
でも引っ越して1週間ほど経った頃から、娘が不思議なことを話すようになったのです。
「ベランダのお姉ちゃん、また来てたよ」
近所に同じくらいの子がいるのかなと思い、「どこのお姉ちゃん?」と聞くと、娘はベランダを指差します。
「ここ」
向かいの棟かと思って見ても、人影はありません。
それから何度も娘は”お姉ちゃん”の話をしました。
「今日はお歌うたった」
「今日は手遊びした」
「お絵描き見てくれた」
私にはどれも1人で遊んでるようにしか見えませんでした。
イマジナリーフレンドというやつかな?と、そのときは思っていたんです。
前の住人
ある日、マンションの管理人さんと立ち話をしたときです。
「お子さんがいらっしゃるんですよね」
「ええ、まだ目が離せなくて」
そう答えると、管理人さんはふとベランダを見上げました。
「あそこの部屋、前の方もお子さん連れだったんですよ」
「あ、そうですよね。ベランダに子ども用の台が置いてあって……」
「ああ……」
管理人さんは少し困ったように笑いました。
なんだかそこから話が弾まなくなって、部屋に戻ったんです。
「もう来ていいよ」
数日後の早朝でした。
ガタン、と何かを引きずる音で目が覚めたんです。
嫌な予感がしてリビングへ向かうと、ベランダの窓が開いていました。
娘が踏み台の上に立ち、手すりへ身を乗り出そうとしています。
ベランダにはもともとの鍵と、心配なのでチャイルドロックも取り付けていました。
4歳の子どもが1人で外せるはずありません。
「危ないでしょ!」
慌てて抱き寄せると、娘は不満そうな顔で振り向きました。
「でも、お姉ちゃんが『もう来ていいよ』って」
そう言って、ベランダの外を指差しました。
私は恐る恐る視線を向けました。
誰もいません。
朝日に照らされた団地の風景があるだけでした。
踏み台はすぐに処分しましたが、次の住まいが見つかって引っ越しが決まるまで、気が気じゃありませんでした。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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