夜勤

ホスピスで介護士をやっています。
利用者さんが住まいをここに移して、最期の時間を過ごす、いわゆる住居型の施設です。
全室個室で、建物もそこそこ大きいので、担当している部屋を回るだけでもけっこう時間がかかります。
夜勤はスタッフの人数も少ないので、なおさらです。
その日は昼間、担当していた利用者さんが一人亡くなっていました。
長く関わっていた方だったので、いつもより寂しい夜だったのを覚えています。
深夜2時を過ぎた頃だったと思います。
一人でエレベーターに乗ったんです。
行き先のボタンを押すと、エレベーターがゆっくり上がっていきます。
プロ失格かもしれませんが、お看取りのあとはどうしても少しぼんやりしてしまいます。
ご家族みんな間に合ってよかったなとか、最期まで穏やかでいらしてよかったなとか。
そんなことを考えながら、なんとなく階数表示を眺めていました。
止まらない
目的の階に着きました。
ところが、扉が開きません。
あれ?と思って「開」のボタンを押しましたが、反応しません。
階数表示の横にある矢印が、まだ上を向いていることに気づきました。
誰かが上の階から呼んだんだろうか。
でも、こんな時間に自分でエレベーターを呼べる利用者さん、上の階にいたかな。
そう考えているうちに、表示が変わりました。
「11」
一瞬、何を見ているのかわかりませんでした。
この施設は10階建てです。
でも、
「12……13……」
エレベーターはまだ上がっています。
慌てて1階や「開」のボタンを押しましたが、どれも点灯しません。
非常ボタンに手を伸ばしたところで、
“ガクン”
エレベーターが止まりました。
知らない階
ゆっくり扉が開きました。
目の前にあったのは、いつもと変わらないように見える施設の廊下。
ただ、何かおかしいんです。
居室のドアがいくつも並んでいるのに、妙に暗く物音ひとつしませんでした。
降りる気にはなれなくて、「閉」のボタンを何度も押しましたが、やっぱり反応しません。
そのとき、廊下の奥に人がいることに気づきました。
病衣を着た男の人です。
ゆっくり、こちらへ歩いてきます。
近づいてきて顔が見えた瞬間、息が止まりました。
昼間、亡くなった利用者さんでした。
逃げようにも、私はエレベーターの中です。
その方は私を見ると、少し驚いたような顔をしました。
生前と変わらない声で、
「あなた、まだ来ちゃダメだよ」
と言いました。
その瞬間、扉が閉まりました。
戻ってきた
気づくと、エレベーターは下へ動いていました。
階数表示も元に戻っています。
「10……9……8……」
そのまま目的の階まで降りると、何事もなかったように扉が開きました。
明るい廊下を見たときは、本当にほっとしたを覚えています。
それ以来、夜中に一人でエレベーターに乗るときは目的の階に着いて扉が開くまで、階数表示を見ないようにしています。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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