退去作業
不動産管理会社で働いていた頃の話です。
担当していた古いマンションで、家賃を何か月も滞納していた入居者が退去することになりました。
連絡がつかなかなったり、約束の日に荷物を運び出していなかったりと、最後までかなり大変だったのを覚えています。
なんとか退去が完了した日の夕方、私は最後の確認に行きました。
部屋は廊下のいちばん奥。
中にはもう家具も荷物もなく、がらんとしていました。
忘れ物がないか一通り確認して、窓を閉め、ブレーカーを落とします。
鍵の交換も済ませました。
新しい鍵で施錠したことを確認して、そのまま会社へ戻りました。
「ようやく終わった……」
とにかくホッとしたのを覚えています。
廊下にいる
その翌週だったと思います。そのマンションの入居者から会社に電話がありました。
「昨日の夜から、廊下に知らない人が立ってるんですけど」
詳しく聞くと、夜中に玄関の外で足音がして、ドアスコープから覗くと廊下の奥に男の人が立っていたというんです。
しばらくするといなくなったものの、明け方にもまた同じ人を見た、と。
「どのあたりにいました?」
「一番奥の部屋の前です」
この間、退去作業をした部屋でした。
エントランスと各階の廊下には防犯カメラがついていますから、まずそれを確認します。
映像を遡っていくと、午前2時過ぎ。
誰もいなかった廊下に、男の人が現れました。
退去した部屋のドアを開けて、出てきたんです。
そのまま廊下を少し歩いて、エレベーターのほうへ向かっていきます。
顔まではよく見えませんでした。
「え、この部屋、鍵交換しましたよね?」
「しました。施錠も確認しました」
新しい鍵は会社にあります。
オーナーさんにもまだお渡ししていません。
入っていない
念のため、さらに映像を遡りました。
鍵を交換した業者さんが部屋を出るところ。
そのあと私が室内を確認して、鍵を閉めて帰るところ。
ちゃんと映っています。
それ以降、誰もあの部屋には入っていませんでした。
早送りしながら確認しましたが、ドアが開いた形跡すらありません。
なのに午前2時過ぎになると、突然、内側からドアが開くんです。
男性が出てくる。
気味が悪くなって、もう一度その部屋を確認しに行くことになりました。
鍵はかかったままでした。
室内にも誰もいません。
窓も閉まっていて、人が出入りできそうな場所はありませんでした。
警察にも相談しましたが、侵入された形跡は見つからなかったそうです。
その後、その部屋はリフォームされて新しい入居者が決まりました。
それからしばらくして、別件でマンションの防犯カメラを確認する機会がありました。
なんとなく気になって、あの部屋の前も見てみたんです。
深夜2時過ぎ。
人が出てきました。
あのときと同じ男でした。
結局、あの男の正体が何なのか、今でもわかりません。
新しい入居者は、女性です。
今の入居者さんが出ていったら、あの部屋はもう貸さないことになりそうです。
※この物語はフィクションです。
※この記事に使用している画像はイメージです。

◆味醂
子どもの頃から怖い話が好きで、ホラー小説やネット怪談など、文章作品を中心に親しんできました。
映像作品の痛そうな表現や急に驚かせる演出は少し苦手ですが、想像がふくらむ怖さや、日常の違和感が少しずつ不穏さを増していくような話に惹かれます。
読んだあとふとした瞬間に思い出してしまうような“あとから効いてくる怖さ”を大切にしています。
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