廊下で揺れる女性
出張先で急遽一泊することになった私は、近場のビジネスホテルを訪れました。
時刻は既に22時を回っていて、もう寝られればどこだっていい。
そう思いながらフロントで手短にチェックインを済ませ、鍵を受け取って目的の階へと向かいました。
「……ん?」
部屋はエレベーターから近い場所でしたが、その廊下のもっと先に、長い髪の女性が立っていました。
女性はただ立っているというわけではなく、なんとなく左右に揺れながら、ゆっくり進んでいるようにも見えます。
その様子が気になりながらも、部屋の鍵を回し、もう一度女性の方へ視線を向けると
「あれっ……?」
女性は、いなくなっていました。
自分の部屋に戻ったのだろうか?女性のいた廊下を見つめながら、ドアを閉めました。
いつの間にか……
部屋でくつろいでいると、備え付けの電話が鳴りました。
チェックインの際に、何かを説明し忘れたのだろうか?なんて思いながら受話器を取り、耳に当てます。
「フロントでございます。あの、お客様……申し訳ございませんが……」
「はい、なんでしょう?」
やはり、何かを言い忘れたのでしょう。
私はフロントマンに次の言葉を促しました。すると……
「一名様で承っておりますので、お連れの方はお入れすることができません。」
フロントマンからの突然の言葉に、私は訳が分からず、え?と聞き返しました。
「先ほどから、ドアの前に待ち合わせの女性が立ってらっしゃいますよね。ただ今、カメラの方で確認しております。」
まったく身に覚えのないことだった。待ち合わせ?自分はそんなことをした覚えはないし、ここへは一人で来た。
電話をかける部屋を間違えているのではないか?と、私はフロントマンへ返答します。
「いえ、確かにお客様のお部屋でございます。あの……すみません、当ホテルではそういった行為はご遠慮いただいておりまして……」
まったくの言いがかりだった。
仕事で疲れ切っていた私は、疲れからくる苛立ちを、ついついフロントマンへぶつけてしまいました。
「あの、ほっといてもらえませんか?知らないって言ってるでしょう。疲れてますから。なんなんですか?その女性って。この部屋の前にいるって?今?」
「あっ、ちょっと、お客様!」
苛立ちで頭がいっぱいになった私は、まだ何か言いたげなフロントマンの言葉を遮り、不満を漏らし続けました。
苛立つ勢いのままにソファから立ち上がり、思い切りカーテンを開け放ちます。
むしゃくしゃした気持ちで露わにした窓ガラスに視線を向けると、私は目を見開きました。
「はぁ、お客様。だからたった今、お部屋に入れましたよね?こんなに申し上げているのに、困りますよ、もう。」
そこには、受話器を持つ私にゆっくりと近付く、髪の長い女性が映っていました。
※この物語はフィクションです
※記事に使用している画像はイメージです
◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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