入居者の少ない格安アパート
大学を卒業したばかりの私は、就職先からほど近い、単身者向けのアパートで初めての一人暮らしをしていました。
築30年で入居者は少なく、物寂しい雰囲気をまとったアパートでしたが、いまどき珍しい畳敷きの部屋と家賃の安さに惹かれて入居を決めたのです。
まあ結局、その部屋で社会人生活を迎えることはなかったんですけど……。
入居当日、片づけをあらかた終えた私は、引っ越しの挨拶まわりのために部屋を出ました。
最近はそんなことをする人も減ったようですが、「始めが肝心だから」と母に口酸っぱく言われていたのです。
まずは、隣の201号室に向かいます。
“ピンポーン”
チャイムを鳴らしても、人の気配はありません。
「留守なら仕方ないか……」と、ほかの入居者を訪ねることにしました。
続いて、2部屋離れた204号室のチャイムを鳴らします。
「はい……?」
チェーンロックの隙間から、不審そうにこちらをうかがう男性。
「あの、202号室に引っ越してきた者です。よろしくお願いします」
「え、202号室に……?あ、すみません。今ロック外しますね」
男性は、先ほどの怪訝な顔とは打ってかわって、人当たりのいい笑みを浮かべました。
そして、自己紹介もそこそこに、こんなことを言ったのです。
「隣の201号室、あそこには関わらないほうがいいですよ」
深夜に聞こえる声
一人暮らしを初めて、一週間。私はあることに悩まされていました。
夜になると、隣の201号室から子供たちの話し声が聞こえるのです。
それは「賑やか」というよりも「騒がしい」という表現がぴったりで、時折母親と思しき女性の声が交じることも。
眠れないほどではありませんでしたが、迷惑なのも事実です。
201号室の住人とは一度も顔を合わせていなかったこともあり「明日、挨拶に行こう。騒音のこともそれとなく切り出せばいいや」と頭のなかで考えていました。
忠告を受けていたにもかかわらず、若かった私はその部屋を訪ねることにしたのです。
関わってはいけない隣人
翌日、201号室を訪れると、40代半ばくらいのふくよかな女性が現れました。
にこやかに対応してくれる女性を見て、「よかった、普通の人だ」と心底ホッとしたことを覚えています。
「あの、そういえばお子さんがいらっしゃるんですか?」
「そうなの、うるさくてごめんね。みんな、こっちにおいで!」
女性が部屋のなかに呼びかけると、遠ざかっていく数人の足音が聞こえました。
「人見知りなの。写真あるから、見て!」
そう言って、彼女は手にしているスマートフォンをこちらに差し出します。
「えっ……」
そこに映し出されていたのは、5体の赤ちゃんの人形。
体や頭には、茶色いシミのついた包帯がぐるぐると巻いてあり、私にはそのシミが乾いた人間の血液に思えてなりませんでした。
この人、おかしい。
なんとか話を合わせて自室に逃げ帰ると、壁の向こうからは騒ぎ立てる子供たちの声が聞こえます。
私はその日のうちに、引っ越しの準備を始めました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。
◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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