社内の噂
私が勤めている出版社には、「屋上に自殺した社員の霊が出る」という噂があります。
それは20年前に在籍していた経理の佐藤さんだ、佐藤さんに連れていかれるから屋上に近寄ってはいけない……。
そんな噂話を信じている人も少ないでしょうが、実際屋上は厳重に封鎖されており、屋上へと続く最上階のフロアも空き部屋ばかりでほとんど人の出入りがありません。
しかし、その静かな環境が私にとってはありがたく、仕事に行き詰まったときや気分転換したいときにたびたび足を運んでいました。
あの日も、一人でゆっくり昼食をとろうと、お弁当を持って最上階の静まり返った廊下を歩いていたのです。
“パリッ”
足元から乾いた音が聞こえ、視線を落とすと、なにかの破片のようなものが散らばっていることに気づきました。
よく見てみると、それは2cmほどの白い貝殻のようです。
「なんで貝殻が落ちているんだろう……」そのままにしておくのも気が引けた私は、散らばった貝殻を拾い集めました。
「10枚」
集まった枚数を口に出したとき、私のすぐ隣にある、今は使われていない資料室のドアが音もなく開いたのです。
誰かが見ている。
暗闇の中に鋭い視線を感じた私は、手に持っていたものポケットにしまい、逃げるようにその場をあとにしました。
佐藤さんの霊は本当にいるのかもしれない、混乱する頭のなかでそんなことを考えていました。
廊下に佇むもの
その日の夜、おかしな夢を見ました。
夢の中で、私はあの廊下に立っています。
切れかけた蛍光灯の明かりに導かれながら歩みを進めると、廊下の奥に女性が佇んでいることに気がつきました。
その人はぼろぼろの着物を身にまとっていて、髪は芸妓さんのような日本髪。
もちろん面識はなく、不思議に思いながら女性の前を通り過ぎようとすると、彼女がなにかを落としました。
それは、昼間と同じ10枚の貝殻。
拾ってあげなきゃ、そう思って貝殻に触れると、金属を叩いたような高い音が耳をつんざき、肩に激しい痛みを感じました。
瘦せこけた体のどこにそんな力があるのか、目の前の女性が私の肩を骨が砕けそうなほどに強く押さえつけているのです。
「ひっ……!」
反射的に見た彼女の手は、真っ黒に汚れていて、すべての指に爪をむしった跡が残されていました。
私が拾おうとしたものは、貝殻などではなかったのです。
今すぐ逃げたいのに、脚ががくがくと震え、押さえつけられた体は少しも動かせません。
「あ、りがとう……ござアますー……。」
頭のすぐ上から、笑いの混じったしわがれ声が聞こえます。
「……ッキャアアアアア!!!!」
私の目に飛び込んできたのは、めちゃくちゃな方向に体をねじ曲げ、お辞儀のような恰好をする女性のにやけ顔でした。
悪夢からの目覚め
自分の悲鳴で目を覚ました私は、全身にびしょりと汗をかいていました。
震える手でパジャマをめくり、あの女に掴まれた肩を見ましたが、そこにはなんの跡も残っていません。
「そりゃあそうか……。変な夢だったな」と、ホッとしたのも束の間、枕元に黒く変色した10枚の爪が落ちていることに気が付きました。
「あ、りがとう……ござアますー……。」
耳元でハッキリ、笑い交じりの声が聞こえました。
佐藤さんの幽霊、そんなのは嘘です。
あれは、幽霊なんて生易しいものでは絶対にありません。
※この物語はフィクションです。
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◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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