無人のホーム
これは、いつも利用していた駅のホームで体験した話です。
会社から自宅までの帰り道、いつものように駅のホームに降り立つと、どこか違和感がありました。
普段なら学生やサラリーマンが列をなしている時間帯ですが、今日は私一人だけ。
「こんな珍しい日もあるんだなぁ」と、静かなホームで一人電車を待っていました。
しかし、おかしなことはもう一つ。
定刻を過ぎ、いくら待っても電車がやってこないのです。不思議に思って線路の奥をじっと眺めていると……
「……ん?」
線路の向こうから、なにやら“黒い影”が近付いてきたのです。
線路を伝って、やってくるのは……
その黒い影は動物のようにも見えました。
田舎町なので、線路に動物が侵入することはよくある話。
電車が遅延している理由は、これか。
そう納得し、線路を悠々と歩く動物をじっと眺めていたのですが……
「えっ……」
その動物が徐々に近付いてくるにつれ、その姿形がはっきりと見えました。
「う、うわっ……!?」
それは紛れもなく、四つん這いで線路を這う、女性の姿だったのです。
こちらを見て、ニヤリ
その姿は、まるで大きな蜘蛛のようでした。
女性はあらゆる関節を“カクカク”と動かし、とても人間とは思えないような動きで線路を這っています。
私は驚きのあまり、その場から動けずにいました。
するとその女の人は、あっという間に近くまでやってきて……
“ざり……ざり……”
線路内、私の目の前で、歩みを止めました。
そして私へ向かい、「ニヤリ」と不気味な笑みを浮かべたのです。そして、全身を上下に弾ませ……
「なっ、や、やめろ……っ!」
まるで虫のように弾みをつけて、私に向かって一直線に飛び掛かってきました。
思わずギュッと目を瞑り、迫りくる恐怖に身を固めるも、思ったような衝撃は現れません。
恐る恐る目を開けてみると、あの蜘蛛のような女性はどこにも見当たらず。
それどころか、あんなに閑散としていた駅のホームには、いつも通りに通勤客、通学客が列をなしていたのです。
列から離れた位置で一人立ち尽くす私に、周りは不審な目を向けていましたが、私は安堵からなりふり構わずその場にへたり込みました。
あの蜘蛛のような女性は、一体なんだったのでしょう……。
以降、あの姿を見ることはありませんでした。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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