古いホテル
出張先で訪れたのは、どこか薄気味悪さを感じる古びたホテルでした。
急遽決まった出張により、大手のチェーンホテルは軒並み予約でいっぱい。
仕方がなく予約を入れたこのホテルは、いざ外観を目の前にすると一層の迫力を感じました。
しかしチェックインを済ませて部屋へ向かうと、おどろおどろしい外観とは打って変わり、中は至って普通のホテル。
一気に不安がほどけ、ほっと胸を撫で下ろします。
時刻はすでに夜の21時。
連日の仕事で疲れていた私は、なんとか備え付けの浴衣に着替えると、もう限界とばかりに眠りについてしまいました。
誰かいる
夜中、ふと目が覚めると
“すり……すり……すり……”
部屋の中で、なにか布が擦れるような音が鳴っていることに気が付きました。
音の正体に、私はすぐにピンときました。
それは人が歩くことによって、浴衣の裾が擦れる音。
その音は、私の足元から聞こえているようでした。
「部屋に泥棒がいる」瞬時にそう思った私は、体を起こそうと全身で力を込めましたが……
「……っ」
体は、ビクとも動きません。それどころか声も出ず、唯一動かせるのは瞼だけ。
これが金縛りというものなのでしょう。
この時点で私は、泥棒ではなく得体の知れないなにかだと察し、一気に全身の血の気が引くようでした。
“すり……すり……”
浴衣の擦れるその音は足元からやがて私の頭の横まで移動してきて、ピタリと止まりました。
なんとなく顔を覗き込まれている気がして、私は瞼をギュッと瞑ります。
どれくらいそうしていたでしょうか。
体感としては1時間にも2時間にも感じられましたが、実際は15分程度だったのでしょう。
チラリと、薄目を開けてみると……
「……っ!!」
真っ暗でよくわかりませんでしたが、仰向けで横たわる私の顔のすぐ目の前に、キラリと光る二つの球体のようなものが。
それがすぐに人の両目だと気が付くと再び硬く瞼を閉じ、そのまま眠れない夜を過ごしました。
ようやく迎えた朝
やがて陽の光が部屋に入り、ようやく朝がきたことを知ると、また恐る恐ると瞼を開けてみました。
すると、今度はガランとした空間が広がるだけ。
とくに変わった様子もなく、ほっと胸を撫で下ろしましたが、同時に昨夜の恐ろしい体験が脳裏によぎります。
早くこんな宿は出てしまおうと、急いで身支度を開始。
着替えを済ませ、次に洗面所へ向かうと……
「ひっ、ひぃいいっ!」
洗面所の鏡に映る、自分の姿。
その後ろに真っ黒な髪を結い上げ、浴衣を着る女性が立ちすくんでいました。
パニックになった私は支度もそこそこに、広げていた荷物を全てかき集め、転がり出るようにしてホテルを去りました。
その後、ホテルの名前でネット検索をしてみましたが、やはりあそこは“出る”ホテルだったようです。
以来、事前にしっかりホテル名を検索してから予約をすることが、私の中では欠かせないルーティンとなりました。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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