地下通路の男
ある日の会社帰り、僕はいつものように地下通路を歩いていました。
時刻は午後10時。
すでに人の気配は少なく、僕は手元のスマートフォンに視線を落とします。
「クソッ、負けた……」
お気に入りのソーシャルゲームをプレイしながらT字路を右に曲がると、向こうから歩いてくる男性と目が合いました。
シミだらけのジャケットに、よれよれの帽子。
背筋はしゃんとしているものの、くたびれた服装や醸し出す雰囲気から、その人は高齢者のように思えました。
なんだか気まずくて僕は視線をそらし、彼の横を通り過ぎようとします。
「ねえ、お兄さん」
突然声を掛けられ、びくりと体が震えました。
女の子
「え、なんですか?」
「ウチの女の子と遊んで行かない?」
一体何を言っているのだろうか、僕は唖然として彼の顔を見つめます。
ニヤけたその口元は、ところどころ歯が抜けていました。
「ウチの店はNGなしだからさ、すごいサービスできるよ。ね?どう?」
“店”という単語を聞いてようやく、僕はそれが夜の店への誘い文句なのだと気づきました。
しかし、どうしてこんなところで勧誘しているのだろう。
地下通路を出たところで、この辺りにいかがわしいお店などないはず……。
さっさと帰ればよかったのに、僕は興味が湧いてしまいました。
「へぇ……。どんな子がいるの?」
別に、期待をしていたわけではありません。
地下通路をさまよう不気味な男からとんでもない女を紹介された、そんな笑い話にでもしようと思ったのです。
“にやり”
彼は笑みを深め、ジャケットのポケットから一枚の写真を取り出しました。
不気味な写真
そこに写っていたのは、椅子に座る裸の女性。
だけど、その肌は麻のような目の荒い布で出来ており、髪は茶色い毛糸。
股の部分からは黄ばんだ綿が飛び出していました。
到底、人間には見えません。
「え……いやいや、おじさん冗談きついって。人形じゃん、これ」
乾いた笑い声をあげた自分とは対照的に、彼の顔からは笑みが消えます。
真顔の男性は数秒の沈黙の後、納得したようにこう言いました。
「でしょう、人形みたいに可愛いでしょ」
「え、え?いや、その……すいません、急いでるんで」
返す言葉が見つからず、僕は男性に背を向けて歩き出しました。
背後から男性の怒号。
「おい!買うんじゃないのか!?おい!!」
バタバタと足音が聞こえ、僕は駆けだしました。
買ってくれ
地下通路を抜け、自宅まで一直線に走ります。
「待て!女を買え!おい!!」
狂ったように叫び続ける男は、ついに僕の家まで追いかけてきました。
老いた体のどこにそんな体力があるのか。
僕はこの時ほど、ボロアパートに住んでいるのを悔やんだことはありません。
なんとか自宅の玄関に飛び込んで、鍵をかけます。
数十秒後、激しくドアを叩く音。
「かわいい女の子買ってよ!お兄さんってば!!買って、買ってくれよぉ……」
……どれくらい続いたのでしょうか、警察が到着したときにはすでに男性はいなくなっていました。
その後、すぐにオートロックつきのマンションへと引っ越した僕。
あんな騒ぎを起こしたらもう住んでいられませんし、なによりあ男性に家や通勤経路を知られているのが恐ろしくてたまりませんから。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆底渦
中学生で都市伝説にドハマりし、2chホラーと共に青春を駆け抜けたネット廃人系オカルトライター。
怖い話の収集・考察が趣味です。
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