揺れたカーテン
友人と一緒に、とある温泉宿を訪れたときの話です。
チェックインを済ませ、宿泊予定の部屋へ到着。
さて、窓から見える景色はどうだろうかとカーテンを開けると……
「えー……」
部屋から見えるのは、向かいに建つ廃旅館。
今回訪れたのは、廃業した旅館が数軒並ぶ、少々さびれた温泉街でした。
良い景観が望める部屋ではないことを残念に思いましたが、どうせ夜になれば外は真っ暗。さほど気にすることもないでしょう。
さらにチェックインの際に、「夜間は虫が入ってきますので、窓は開けないようお願いいたします」との案内もあったため、元々そんなに景色を楽しめる宿ではないのかもしれません。
そんな話をしながら、窓の外を眺めていたときでした。
「……ん?」
目に留まったのは、向かいの廃旅館の一室。
その部屋のカーテンが、不自然にひらりと揺れたのです。窓が開いている様子はありませんでした。
「おばけだったりして」
友人とふざけてそんなことを話しましたが、「きっとどこかから風でも入ったのだろう」と結論づけ、そこで会話は終わりました。
その日、全く風のない日だったことは、少し引っかかりましたが……
誰かいる
「ねえ、ねえねえ」
夜中。
友人に揺すり起こされ、私は渋々目を覚ましました。
目をこすりながら「どうしたの?」と尋ねます。
「あの部屋、誰かいる……」
友人が指差したのは、日中にカーテンが揺れていた、あの廃旅館の一室でした。
見ると、確かにカーテンの僅かな隙間から、人の姿らしきものが見えるのです。
その正体が気になった私たちは、窓を開け、身を乗り出すようにして向かいの一室を眺めます。すると……
「あああああぁああ」
突然、女の人の絶叫のようなものが聞こえます。
私と友人は、無言で目を合わせました。
絶叫は恐らく、あの廃旅館の一室から響いてきたのです。
カーテンの隙間の人影は、いつの間にか消えていました。
私と友人はお互い言葉が出ず、ただただ呆然と窓の向こうの廃旅館を眺めていると、突然……
「た、す、け、て」
耳元でハッキリと、抑揚のない女の人の声が聞こえました。
窓、開けるな
その後、私たちは近くの布団を手繰り寄せて頭まで被り、一睡もできずに朝を迎えました。
耳元で声が聞こえたとき、友人は反射的に振り返っていましたが、そこには誰もいなかったそう。
チェックアウトの際、フロントの従業員さんに廃旅館のことをそれとなく聞いてみたのですが……
バツの悪そうな顔と、「窓、開けられたんですね……」の一言を受けた私たち。
「夜間に窓を開けるな」は、どうやら虫のためではなかったようです。
※この物語はフィクションです。
※記事に使用している画像はイメージです。

◆松木あや
ホラーやオカルトが好き。在住する東北の地で、ひんやりとした怖い話を収集しています。
恐怖体験の「おすそわけ」を楽しんでもらえると嬉しいです。
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